ラピートと並走! 南海“最古参”特急「こうや」乗ったらスゴかった 都会から一転“秘境”を走る75年の古豪

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難波駅を「ラピート」と同時発車する特急「こうや」。75年の歴史を持ち関西最古の愛称を冠します。都会の複々線を駆け抜けたかと思えば、急勾配の山岳区間へ。その独特な道のりを乗車しました。

まさかの同時発車!

 大阪・ミナミの中心である難波駅のホームに、空港特急「ラピート」と、これから高野山へ向かう特急「こうや」が並びました。発車時刻の午前8時ちょうど、2本の特急は警笛を鳴らし、なんと同時に発車。複々線区間をしばらく並んで走るという珍しい光景が繰り広げられます。実はこの「こうや」、1951(昭和26)年から走り続ける御年75歳の老舗特急です。

 2026年7月の土曜、難波8時発の特急「こうや3号」に乗車しました。この日の車両は31000系。1編成しか製造されなかったレアな車両です。高野線の山岳区間に直通するため、車体長は17mとやや短いのが特徴です。4両編成の車内を見渡すと、乗客は合計105人。編成定員は210人なので、乗車率は50%とまずまずです。

 座席は座席間隔980mmの回転式リクライニングシートで、まずまずの座り心地。1号車の3・4番席からは運転台越しの前面展望も楽しめます。

 8時ちょうど、隣のホームに停車していた関空特急「ラピートα9号」と同時に発車しました。複々線区間とはいえ、特急列車同士が同時に発車する光景はなかなか見られるものではありません。時刻表では「ラピート」が天下茶屋駅に1分早く着くはずですが、見た目にはほぼ同時に到着したように感じます。

 土曜の朝8時台とあって、線路には多くの列車が行き交います。観光列車「GRAN天空」など、次々とすれ違う列車を眺めていると、まったく退屈しません。

 意外だったのは、途中駅からの乗車が非常に少なかったことです。新今宮からの乗車はゼロ。天下茶屋で2人が乗車したのみで、堺東、金剛、河内長野、林間田園都市とこまめに停車していきますが、乗降客の姿はほとんど見られませんでした。

実は関西“最古”の愛称

 この特急「こうや」は、南海初の有料特急として1951(昭和26)年に運行を開始し、75年もの長い歴史を誇ります。現在まで続く列車愛称としては、関西地区で最古のものです。

 そもそも南海は、私鉄で最初に列車そのものに愛称を付けた鉄道会社でもあります。1906(明治39)年に「浪速号」「和歌号」と名付けたのが始まりでした。1938(昭和13)年には高野線に、流線形で大窓、ソファや展望室まで備えた豪華な観光列車(クハ1900号)を走らせる計画がありましたが、戦争の勃発で中止となってしまいます。

 戦後の1951(昭和26)年、夏季の臨時列車として「こうや」は誕生しました。当初はノンストップでしたが、翌年には計画中止となっていたクハ1900号を座席指定車両として使用するようになります。

 その後、1958(昭和33)年に21001系「ズームカー」、1961(昭和36)年には20000系「デラックスズームカー」が導入されました。「デラックスズームカー」は、当時の国鉄一等車に迫る座席間隔1050mmのリクライニングシートを備え、インテリアを高島屋が手掛けた高級感あふれる車両でした。ただ、1編成しか製造されなかったため、車両検査を行う冬季は運休するという特殊な運行形態がとられていました。

 1983(昭和58)年に後継の30000系が導入され、2編成体制となったことで通年運転が可能になりました。そして1999(平成11)年、今回乗車した分割併合可能な31000系が投入され、現在に至ります。

都会から1時間半で「秘境」へ

 列車は8時49分、最後の途中停車駅である橋本に到着。ここでも乗客の動きはほとんどありません。ここから先は山岳区間となり、「こうや花鉄道」の愛称が付けられています。橋本~極楽橋間はわずか19.8kmですが、その高低差は443mにもおよび、トンネルも24本存在します。

 橋本を出発すると、それまでの最高速度が100km/hから80km/hに落ち、列車はゆったりと走り始めます。車窓の景色も緑が増え、自然豊かな雰囲気に一変しました。

 特に、高野下から極楽橋までの区間は圧巻です。最急勾配50‰(1000m進むと50m登る坂)、半径100mの急曲線が連続し、最高速度は33km/hに制限されます。運転台越しに見ても、明らかに急なカーブを、車輪をきしませながら進んでいくのが分かります。

 やがて車窓からは集落すら見えなくなり、列車は深い森の中を進んでいきます。大阪の中心部からわずか1時間半ほどとは思えない光景です。

 そして9時22分、定刻通りに終点の極楽橋に到着。列車を降りた100人を超える乗客のほとんどは高野山ケーブルカーの乗り場へと吸い込まれていきました。