三重県の「酷道」として知られる国道368号の仁柿峠。歴史ある街道と未開通のバイパス、古道が交差する濃密なスポットです。
伊勢神宮よりも古い!? 伊勢本街道
三重・伊勢エリアの多気町から県西部の伊賀市を結ぶ国道が、国道368号です。延長は約70kmと比較的短く、一部で奈良県を経由するものの、ほぼ三重県内で完結する路線です。この沿道には、酷道として有名な「仁柿峠」区間や、歴史的な古道、さらには未完成のバイパスがあるなど、人と道の関わりを感じる濃密なスポットが詰まっています。
多気から松阪市山間部の仁柿峠を経て奈良県御杖村までの区間は、伊勢神宮と奈良とを結ぶ最短道だった伊勢本街道をルーツとします。伊勢本街道の歴史は実に古く、古墳時代〜飛鳥時代にはすでに原型となる古道が存在したと言われ、また、日本書紀などに登場する倭姫命(やまとひめのみこと)による奈良から伊勢までの巡行が起源とも言われています。
倭姫命は伊勢神宮(内宮)を創建したと伝えられる古代の皇女でもあり、その伝説から“神意に叶う道”として奈良方面から伊勢神宮を目指す参宮者が多く利用しました。そのため、中継地点となる仁柿峠付近は参宮者のための宿場町として栄えた時代もありました。
しかし20世紀に入ると、奈良方面から伊勢神宮方面までの鉄道による別ルートが開通した影響で、伊勢本街道を使って徒歩で伊勢神宮へと目指す人はいなくなり、同時にこの宿場町も完全に途絶えました。
他方、付近の集落に住む地元住民は昭和中期頃までは徒歩で行き来していたものの、1950年代以降は、未舗装ながらも古道の拡張区間が増え、路線バスやオート三輪を使っての移動が主となります。
こういった背景や、やがて高まるモータリゼーションにも呼応する格好で、1972年頃から伊勢本街道が舗装され始めます。いきなり全面舗装ではありませんでしたが、少しずつ道路拡張やアスファルト舗装の改修が進み、1975年には国道368号として指定されることとなりました。
一歩進んで二歩下がる状態が続く「仁柿峠バイパス」工事
ただし、国道368号として生まれ変わった後も、ルート上には自動車の行き来ができない狭く険しい山道区間もありました。地図上で自動車の通行が不可能な区間は点線で描かれますが、当初の国道368号はその点線区間が多く、“点線国道”と揶揄されることもあったようです。
実際、今も仁柿峠から三重側の約5kmの区間は道幅が狭くガードレールがない場所や、急勾配・急カーブの続く、いわゆる酷道として知られています。
こういった事情で、仁柿峠から伊勢までを結ぶ「仁柿峠バイパス」の建設が1990年に始まります。当初、バイパス建設に際して「長大トンネルを作るか、費用の安い山の斜面沿いの道路を作るか」の2択があり、後者に決まって工事が始まりました。
しかし、工事の途中で一帯の地質が非常に脆弱で、地滑りや斜面崩壊の恐れがあることが発覚。実現までに多大な時間・費用がかかることが判明し、工事難航の末に中断となりました。
その後、安全性を考慮しトンネル建設を含むルート変更計画に至りますが、急峻な地形や亀裂の多い地質が建設を拒み、今も完成には至っておらず未開通のままです。計画では2034年完成予定とされています。
じつはさらに「古い道」が並行!
もう一つ、仁柿峠から伊勢までを結ぶ意味深い古道があります。それが櫃坂道(ひっさかみち)です。
現在の伊勢本街道・国道368号と並行・重複する古道で、飛鳥時代に三重で採掘された水銀を“おひつ”に入れて奈良や京都へ運ぶために使われた伝説の道として知られています。また、櫃坂道は険しく暗い古道として恐れられる存在で、様々な逸話が地元ではよく知られています。
現在の櫃坂道は道なき道をゆく約2時間のウォーキングコースとなっており、歴史ファンの間で人気です。もちろんクルマでの移動はできません。
走ってみて実感! 仁柿峠で「ホッ…」
伊勢本街道をルーツにする国道368号、未開通のバイパス計画道、古道である櫃坂道の3つが交差する仁柿峠へ伊勢神宮からクルマでアクセスしました。
伊勢自動車道の勢和多気ICを下りて国道368号をぐんぐん西に進み松阪市に入ります。しばらくはセンターラインのある、いたって普通の道です。
しかし、国道368号が仁柿川と並行するようになり、山が近づいてくるにつれ、民家や工場などが少なくなります。さらに進むと車幅が極端に狭くなり、センターラインがなくなります。その先の右側に「金木商店」という古い商店があるのですが、その脇の道こそが仁柿峠へと続く酷道区間になります。
舗装こそされていますが、路面はボコボコ。かろうじてガードレールが設置された区間が多いのが救いです。しかし、そのガードレールもこけなどで変色しており、なんともおぞましい雰囲気です。
急カーブや急勾配の区間も多く、ハンドルを握る手が汗ばんできます。さらに進むと左側に出てきた看板には「この場所で死体遺棄事件がありました」との告知。この恐ろしい酷道で陰惨な事件があったと思うと、さらに気分が落ち込んできます。
「大丈夫、仁柿峠までの酷道区間はたったの約5kmだから」と自分に言いきかせますが、酷道の1kmは一般道の5km以上に感じることがあり、なかなか仁柿峠に辿り着けません。それでも慎重にゆっくり前進すると、やけに道幅が広がり、日当たりの良いしっかり舗装されたエリアが見えてきました。ここが仁柿峠です。
伊勢本街道、櫃坂道といった険しくおぞましい道を徒歩で巡っていた人たちにとってはまさに“やっとここまで来た”と思わせる癒しのスポットだったことが、少しはわかった気になりました。
あと8年後の2034年バイパス完成後、仁柿峠と伊勢へはかなりアクセスしやすくなることでしょう。その実現に期待しつつ、めでたく開通した後は、さらに伊勢本街道や櫃坂道の伝説も後世に受け継がれると良いなとも思いました。