最新装備の裏でポツンと公開 4両で消えた「激レア74式戦車」パッと見“どこが違うんですか?”

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陸上自衛隊富士学校の72周年記念行事。最新兵器に注目が集まるなか、会場の片隅に1両の古びた戦車がポツンと展示されていました。一見ただの「74式戦車」ですが、実はたった4両しか作られなかった幻の「74式戦車(改)」です。通常型と何が違うのでしょうか。

たった4両の「幻の戦車」ポツンと展示!?

 静岡県小山町にある富士駐屯地で2026年10月4日、陸上自衛隊富士学校の開設72周年を祝う記念行事が開催されました。

 会場では戦車や装甲車、自走砲などによる観閲行進や訓練展示が実施され、最新の「25式高速滑空弾」や装輪装甲車AMV、無人地上車両(UGV)「テミス」などに注目が集まっていました。

 そうしたなか、一般公開エリアの端っこ、戦車搭乗エリアの片隅に、特別展示として1両の退役戦車がポツンと置かれていたのです。

 この戦車は「74式戦車(改)」といいます。今から35年ほど前、1990年代初頭にたった4両だけ量産された“幻の国産戦車”です。

 とはいえ、一見すると正門至近のグラウンド(当日はふれあい広場として開放)に展示されていた通常の74式戦車とほとんど変わりません。いったい、74式戦車(改)とはどのような特徴を持ち、なぜ4両しか作られなかったのでしょうか。改めて振り返ってみましょう。

 そもそも、陸上自衛隊がこれまで保有してきた戦車で、最も多く導入されたのが74式戦車です。1974(昭和49)年度から合計873両が生産されましたが、その最末期タイプといえるのが、74式戦車G型、通称「74式戦車(改)」です。

 この戦車が生まれた背景には、当時制式化されたばかりの90式戦車が関係しています。90式は冷戦の終結とソビエト連邦の崩壊、さらには高性能ゆえの高価格から調達数が限られ、事実上、北海道限定の装備になると見込まれていました。

 そこで、陳腐化しつつあった74式戦車の寿命を延ばし、一部の性能を90式戦車のレベルまで引き上げようと企画されたのが、この「改」でした。

 しかし、いざ開発してみると費用がかかり過ぎることが判明。さらに、1995(平成7)年に決定した新たな防衛計画の大綱(いわゆる07大綱)において、戦車定数がそれまでの1200両から900両に削減されます。これにより「限りある戦車調達予算を老朽化する74式戦車に回すよりも、90式戦車を1両でも多く調達した方が良い」と判断され、試作1両、量産4両のみで終わってしまったのです。

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 試作車ではサイドスカートなどを取り付けていたものの、量産車では外されてしまったため、通常の74式戦車とほぼ変わらない外観で部隊配備されました。それでも、よく見るといくつかの相違点が存在します。

 まずわかりやすいのは、車体後部にある「起動輪」でしょう。エンジン出力を履帯(キャタピラ)に伝えるギザギザの駆動輪ですが、74式戦車(改)はその外側に履帯の脱落防止用リングを取り付けています。足回りの構造上、のちの90式や10式よりも履帯が外れやすいという欠点を補うためのものです。

 次に目立つのが、砲塔上面前方に設置された「レーザー検知装置」です。敵が射撃する際に照射する照準用レーザーを検知するセンサーで、90式戦車に初めて搭載されたもの。検知した瞬間に車内で警報が鳴り、発煙弾を自動発射して自車を隠します。この2つは原型の74式にはない、非常にわかりやすい識別ポイントです。

 さらに、砲塔左前方(主砲脇)にある箱状の装置も異なります。通常型では赤外線と白色光の切り替えが可能な大型投光器(サーチライト)でしたが、「改」では90式戦車と同じ熱感知式の「パッシブ式赤外線暗視装置」になっており、大きさや前面形状が変わっています。ここにつながるケーブルも、通常型はむき出しですが、「改」は鉄板で覆われています。

 また、砲塔内部に電子機器が増設された結果、12.7mm重機関銃の弾薬箱が車内に収まらなくなり、砲塔後部に新たなラックが増設されました。さらに、試作車にあったサイドスカートは装備されなかったものの、後日装備できるように「設置用の台座」だけは増設されており、これも識別ポイントとなっています。

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 外見からはわからない差異としては、射撃統制装置(FCS)が高性能な改良型になり、レーザー測距儀も90式に準じた強力なものに更新されています。バックギアも2段式になったため、通常型より速く後退できました。

 こうして一部は90式戦車と同等の性能を持っていた74式戦車(改)ですが、改修された4両はすべて教育部隊のみで運用され、2019年3月末にひっそりと退役しました。それから7年あまりが経ち、久しぶりに一般公開されたのが今回の姿です。

 なお、この富士学校の1両以外に、もう1両が駒門駐屯地(静岡県御殿場市)で保存展示されているため、少なくとも2両は現存していることになります。

 74式戦車(改)の性能は決して悪くなかったといいます。もし数年早く開発と予算計上が行われていたら、より多くの車体が改修され、もう少し長く現役であり続けたかもしれません。