元アーセナル主将がマンU移籍の可能性を明かす「ファーガソンと会談した」、それでも残留を決断した理由

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 かつてアーセナルやフランス代表としても活躍したパトリック・ヴィエラ氏が、全盛期にライバルクラブへと移籍する可能性があったと明かした。イギリスメディア『スカイスポーツ』が伝えた。

 セネガル出身のヴィエラ氏は、フランスのカンヌでプロデビュー。その後、ミランへと移籍するも出場機会に恵まれずにいると、1996年にアーセナルへと完全移籍。アーセン・ヴェンゲル監督の下で大きく成長し、チームの中心選手となるとともにアーセナルの黄金期を支える存在にまで成長。2003ー04シーズンにはプレミアリーグを無敗優勝するなど、栄光の日々を過ごした。

 その後、ユヴェントスやインテル、マンチェスター・シティでプレーし、2011年に現役を引退。フランス代表としても107試合に出場し、1998年のフランス・ワールドカップ優勝も経験。引退後は指導者としてのキャリアを歩んでいる。

 そのヴィエラ氏だが、『スカイスポーツ』のインタビューで現役時代を回想し、ビッグクラブへの移籍の機会があったとコメント。当時アーセナルと常に優勝を争っていたライバルのマンチェスター・ユナイテッドへ行く可能性もあったと明かした。

「レアル・マドリードに移籍する機会は何度かあったし、マンチェスター・ユナイテッドに移籍する機会もあった」

「サー・アレックス・ファーガソンと会談もした。敬意を込めて、プレミアリーグの重要人物である彼に会うことを断ることはできなかった。会って話をし、彼はマンチェスター・ユナイテッドに対するビジョンと、自分が築き上げたチームについて説明してくれた」

「彼は私をロイ・キーンと並べ、左サイドにライアン・ギグス、右サイドにデイビッド・ベッカム、そしてルート・ファン・ニステルローイの後ろにポール・スコールズを配置し、プレーさせたかったようだ。悪くないチームだった」

 まさに、アーセナルとプレミアリーグの優勝争いを何度も繰り広げたマンチェスター・ユナイテッドに行く可能性があったというヴィエラ氏だが、アーセナルを離れる決断はできなかったという。

「でも、アーセナルを離れることはできなかった。とても幸せだったし、クラブにとって本当に特別な何かを築き上げようとしていたところだったからだ」

「良い成績を残せば、当然ながら興味を示すチームが現れ、決断を迫られることになる。でも、僕にとってアーセナルにとどまるという決断は、クラブ、選手、そしてファンからの愛情を感じたからだ。選手として成長し、自分の目標を達成するために必要なものは全て揃っていた」

 ライバルへの移籍を選ばず、アーセナル残留を決断したヴィエラ氏。無敗優勝を経験したことで、その決断が間違っていなかったと感じられたかも知れない。