ここも廃止!? 63年前にできた「首都高の最初の入口」高速バスも重宝してるのになぜ? 社長は名残惜しむ

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首都高の銀座周辺の出入口が10月に複数、廃止または休止されます。そのなかには「首都高で最初にできた入口」も。今後どうなるのでしょうか。

社長と「同年同月生まれ」の入口が消滅!

 首都高のルーツでもある東京「銀座」周辺が大きく変わります。2026年10月18日23時をもって、C1都心環状線内回り・外回りの新富町出口が廃止に。内回りの銀座入口は、長期通行止めとなります。

 さらに今後、C1内回りの京橋入口も廃止されます。この入口は1962(昭和37)年12月20日に首都高が初めて京橋-芝浦間で開通した際にできた入口です。

「わたしは首都高(京橋-芝浦)と同年同月に生まれました」--首都高の青木由行社長は9月16日の会見で、感慨にふけながら京橋入口の廃止について説明しました。首都高の歴史を語るうえで欠かせない場所の廃止は、複数の首都高幹部からも惜しむ声が聞かれました。

 首都高では日本橋区間の地下化に伴い、C1の代替路として八重洲線とC1を結ぶ新トンネル「新京橋連結路」の事業と、老朽化したC1の「築地川区間」1.5kmの大規模更新事業を進めています。今回の廃止と長期通行止めはこれらの事業に伴うものです。

 C1の京橋から汐留にかけて、築地川を埋め立てて造られた区間は老朽化が進んでいます。そこで擁壁を耐久性の高いものに造り替えるほか、跨道橋の架け替えや、一部箇所は中央区と連携して高速道路に“ふた”をして、その上に公園を整備するなどの大規模更新事業が進行中です。

 また将来、C1から分岐する形で新京橋連結路が接続するため、分合流を円滑にすべくC1には付加車線が設置されます。擁壁の更新と付加車線の設置を並行して進め、銀座入口は現在の2レーンを1レーンに縮小します。この工事のため、約3年間の長期通行止めとなります。

 ではなぜ、京橋入口まで廃止されるのでしょうか。この入口は東京駅発の高速バスも多く利用していますが、これも付加車線の設置のためです。

「この区間は道路中央側のスペースを使って拡幅し、外側(擁壁側)に付加車線を設置します。このため、道路の中央側にランプが通る京橋入口と新富町出口(内回り)を無くさなければなりません」(青木社長)

 将来は付加車線を設置したうえで、現在の新富町出口(内回り)の一部を活用する形で、内回りの「新富町入口」を新設。これによって京橋入口の代替とする計画です。

 初期の首都高は1964年東京オリンピックに間に合わせるため、用地買収の不要な川を埋め立てて建設されました。築地川区間は擁壁の底を走り、道路中央に跨道橋の橋脚が現れるなど“川”の名残を強く残す環境ですが、改めて“道路”として機能強化された姿に生まれ変わる見込みです。

 なお、京橋入口の廃止時期についてはまだ調整中とのことでした。