アメリカ海軍の現役艦でただ一隻、外国人の名を冠し、他国の士官まで正式に乗り組むという異例ずくめの駆逐艦があります。
イギリス首相の名を持つアメリカ軍艦
アメリカ海軍の艦艇は数が多く、さまざまな名前が付けられています。有名な地名や古戦場、英雄的な活躍をしたアメリカ人の名が付けられることが多い中で、ひときわ目を引く艦があります。それが、ミサイル駆逐艦「ウィンストン・S・チャーチル」です。
ミサイル駆逐艦「ウィンストン・S・チャーチル」は1998年5月7日、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の31番艦として起工しました。翌1999年4月には、当時のアメリカ国防長官の夫人ジャネット・コーエン氏と、ウィンストン・チャーチルの娘、メアリー・ソームズ夫人の立ち会いのもとで命名・進水し、2000年10月にアメリカ海軍へ引き渡され、2001年3月10日に就役しました。
艦名の由来となったのは、もちろん第二次世界大戦中のイギリス首相、サー・ウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチルです。チャーチルは世界的に知られた人物ですが、アメリカ海軍の艦艇にアメリカ人以外の名前が付けられるのは極めて異例のことでした。過去にもイギリス人の名を冠した艦艇は3隻ありましたが、いずれもすでに退役しています。そのため、ミサイル駆逐艦「ウィンストン・S・チャーチル」は、現在、アメリカ合衆国民以外の名前を冠した唯一の現役アメリカ海軍艦艇となっています。
アメリカ艦なのにイギリス海軍士官が乗務
そして、このミサイル駆逐艦「ウィンストン・S・チャーチル」には、艦名以外にもアメリカ海軍で唯一の特徴があります。そのひとつが、イギリス海軍士官が正式に配属されていることです。
これは「交換将校」と呼ばれる制度で、同盟国や友好国の軍隊同士が相互理解を深めるため、士官を交換して勤務させるものです。イギリス海軍の交換将校が配属される艦が、この「ウィンストン・S・チャーチル」なのです。交換将校は一時的な連絡員とは異なり、イギリス海軍の士官でありながらアメリカ海軍の正式な乗組員として勤務し、航海長などの重要な職務を任されます。
イギリス海軍士官が「ウィンストン・S・チャーチル」に配属される一方で、アメリカ海軍士官もイギリス海軍フリゲート「マールボロー」に乗艦していました。この「マールボロー」という艦名は、ウィンストン・チャーチルの祖先である初代マールバラ公ジョン・チャーチルに由来しています。この歴史的なつながりが、両海軍の交換将校制度のきっかけになったとされています。
しかし、2005年にフリゲート「マールボロー」が退役したことで、この相互派遣の形は崩れました。それでもイギリス海軍は、自国の英雄の名を冠した艦への敬意と、その名を与えたアメリカ海軍との強固な同盟関係の象徴として、現在も交換将校を派遣し続けています。
イギリス軍艦旗を掲揚できる唯一のアメリカ艦
もうひとつ、「ウィンストン・S・チャーチル」には、アメリカ海軍の現役戦闘艦として唯一認められていることがあります。それは、外国の軍艦旗であるイギリス海軍旗を掲揚できることです。式典などでは、マストの右舷側にアメリカ国旗、左舷側にイギリス海軍の象徴である「ホワイト・エンサイン」を掲げることが正式に認められています。
また、「ウィンストン・S・チャーチル」の公式紋章には、イギリスを象徴する獅子や、チャーチル自身がエリザベス2世女王から授与された最高位の勲章「ガーター勲章」の意匠が取り入れられるなど、アメリカ海軍の艦艇でありながらイギリス色の濃いデザインとなっています。
イギリスの元首相の名を冠したミサイル駆逐艦「ウィンストン・S・チャーチル」は、このようにアメリカとイギリスを結ぶ架け橋のような存在となっているのです。