かつてフェリーは速さを競い合っていました。ところが最新の船は、あえてスピードを抑えて造られています。なぜ“遅い船”が選ばれているのでしょうか。
“ちょっと遅い”新造船の謎
2025年11月、北海道の小樽と京都の舞鶴を結ぶ航路に、新日本海フェリーの新造船「けやき」が就航しました。
注目すべきは、この船が置き換える相手です。置き換え対象の「はまなす」「あかしあ」は、長距離フェリーとして国内最大級の大きさと速さを誇った、いわばスピード自慢の船でした。両船の航海速力は30.5ノット(約56.5km/h)にのぼりました。
ところが後継の「けやき」は、あえて速度を抑えて造られています。三菱重工と新日本海フェリーによると、「けやき」の航海速力は28.3ノット(約52.4km/h)。置き換え対象の2隻より控えめなうえ、船体自体も小ぶりになりました。
2ノットほどの差ですが、長距離の航路では、燃料の消費やダイヤの組み方に関わる大きな意味を持ちます。なぜ今、フェリーは「最高速」より少し抑えたスピードを選ぶのでしょうか。
理由としてまず大きいのが、燃料です。船は速く走ろうとするほど水の抵抗が増え、進むのに必要とするエネルギーも増えます。最高速度に近付けるには、わずかな速度の上乗せにも多くの燃料が要り、逆に少し速度を落とせば、消費を抑えやすくなるのです。
近年は、その燃料代が大きく上がっています。新日本海フェリーの担当者は、新造船の価格に加えて燃料価格も大幅に上がっており、効率性の高い船舶が求められていると説明しています。かつての「速く走って早く折り返す」発想に対し、燃料が高い時代には「少し速度を抑えて節約する」ほうが理にかなう場面も増えているのです。
「けやき」は、船の形も工夫しています。建造した三菱造船によると、国内のフェリーで初めてダックテール(船尾付近を突き出した形状)を有する船尾船型などを採用し、従来船と比べて5%の省エネが可能になったとしています。
船を小さくした理由もあります。旅客定員は、置き換え対象の2隻の746人に対し、「けやき」は286人と4割ほどに。新日本海フェリーの担当者は、旅客定員が時代のニーズに沿って徐々に小さくなってきたと説明しています。
しかし、速度を落とすと到着が遅くなります。それでも困らない理由は、ダイヤの組み方にありました。
深夜発・翌日着の秘密
長距離フェリーは、夜に出て翌日に着く“夜行ダイヤ”がよく見られます。実はこのダイヤこそ、今の長距離フェリーで重要な役割を担う“貨物”に向きます。
長距離フェリーはトラック輸送にも使われ、近年は物流の「2024年問題」がその追い風になっています。厚生労働省によると、2024年4月以降、トラックドライバーには時間外労働の上限規制が適用され、臨時的に超える場合でも年960時間以内とされました。
ここで効いてくるのが、トラック運転者のフェリー乗船時間に関する特例です。国土交通省の運輸局の資料によると、乗船時間の一部を拘束時間として扱っていたものを、拘束時間ではないものとして取り扱う見直しが示されています。これにより、フェリーを使っても労働時間の決まりを守りやすくなりました。運転手が休む間も、移動が進む仕組みです。
だからこそ、夜に出て翌日に着くダイヤは、長距離輸送と相性が良いといえます。運転手は船内で休み、その間にも貨物は目的地へ近付きます。商船三井の公式発表では、大洗~苫小牧航路に就航した新造船「さんふらわあ かむい」について、客室の全室個室化によりトラックドライバーが快適に過ごせる空間を提供し、モーダルシフトを支援して「物流の2024年問題」の解決に努めると説明しています。
さらに国は、トラックの荷物を船や鉄道へ移す「モーダルシフト」を後押ししています。国土交通省海事局の資料では、鉄道のコンテナ貨物と内航のフェリー・RORO船などの輸送量・輸送分担率を、今後10年程度で倍増させる目標を掲げています。
かつて速さを誇った船が、あえて速度を抑えた船にバトンを渡す。そこには、燃料高と物流の課題を映した、フェリーの“逆転の発想”があります。