小島瑠璃子、仕事&育児で「毎日限界ギリギリ」キャリア転換に至った背景告白

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タレントの小島瑠璃子が16日、都内で行われたAI転職エージェント「JoBins」ローンチ発表会に出席。キャリアを転換するに至った決断や背景を告白した。

◆小島瑠璃子、仕事&育児で「毎日限界ギリギリ」

芸能活動の休止、中国留学、そして結婚・出産を経て、2025年、芸能活動を再開した小島。現在はタレント業のみならず、お茶ブランド「maison de RURI(メゾン ド ルリ)」を手掛ける合同会社Kinacocoの運営や、個人事務所「株式会社USAGI」の設立など、実業家としても精力的に活動している。

イベント冒頭、MCから近況を聞かれた小島は「今はお茶事業、そして芸能の個人事務所と、裏方から何から全部、幼馴染と2人でやっているんですけれども、プラス子育てが入ってくるので(笑)、毎日限界ギリギリまでという感じなんですが、全部楽しく、やりがいがあって取り組んでいます」と充実した表情を浮かべた。

◆小島瑠璃子、キャリア転換の背景告白

キャリアを転換するに至った決断や背景を追及されると「芸能活動を休止して、中国に留学をして、結婚、出産とあったんですけれども、転換の決断をした理由は、40歳になったときにどんな自分になっていたいかなと思った時に、今まではホリプロという大きな事務所に守られていて、すごくありがたいながらも、自分で何か意思決定をして、わからないこと、できないことを知って…ということが、守ってもらいすぎてできていないなと思ったんですね。なので、40歳のときには自分で人生を決断して、自分の苦手も得意もわかっている、そういう女性になっていたいなと思ったところから決めました」と告白した。

また、キャリアを転換する際に、それまでの自身のスキルを生かそうとは思わなかったようで「まったく関係ないところに飛び込んだので、芸能活動を15年間近くやってきて、そのあとに事業をやるということ、しかもお茶という業界は(芸能活動と)まったく関係はなかったんですが、自分が情熱を新しく燃やせるというところで選びました」といい、「とにかくがむしゃらに、正直、苦しい時期もあったんですけど、一緒に起業した相方の幼馴染と二人三脚でちょっとずつ積み重ねて、今少し(方向性が)見えたかなと。売上とかまだまだ頑張らなきゃいけないんですけど、走っていきたい方向性は見えたかなと思って、そんな状況です」と現状を明かした。

改めて、小さい頃の夢を尋ねられると「山ほどあったんですよね!」と答え、「木村拓哉さんが月9でやった職種はすべて本当にやりたいと思ってしまう。そういう方は多いんじゃないかなと思うんですけど(笑)、検事になりたくなったり、女性でパイロットになりたいとか思ったり、絞りきれなくて困るっていうような子どもでしたね」と回顧した。