防衛省の令和9年度概算要求に陸上自衛隊の装甲救急車が新規事業として初めて盛り込まれました。無人地上車(UGV)による負傷者搬送が進むドローン時代において、装甲救急車が担う「有人」ならではの価値とは。
陸自初となる本格的な装甲救急車の導入へ
「救急車が通過します。道を開けてください!」――サイレンを鳴らし、赤色灯を点滅させて緊急走行する救急車は、道路を最優先で通行することが認められています。戦場でも、赤十字などの標章を掲げた衛生要員や医療用車両は、国際人道法上、保護の対象とされています。
しかし、赤十字マークは砲弾を防いでくれません。救急車といえど防護力はあるに越したことはありません。防衛省の令和9年度概算要求に、陸上自衛隊の装輪装甲車AMV(患者輸送型)3両、26億円+事項要求が新規事業として初めて盛り込まれました。
これまで陸上自衛隊は96式装輪装甲車や軽装甲機動車に患者用担架を入れられるようにした運用は行っていましたが、本格的な装甲救急車は装備していませんでした。令和3年度予算で「救急車の応急装甲化の実証」(3億円)が新規事業として挙げられ、既存の1t半救急車にアップリケのような防弾プレートを張り付けた“雑コラ”(失礼)のイメージ図が公開されました。試作品は2022年に実証実験されましたが、装備化には至っていません。
装輪装甲車AMVは96式装輪装甲車の後継として大量導入が進められており、このタイミングで導入するのは合理的といえます。陸上自衛隊のAMVの最終取得目標は派生型を含む約810両とされますが、患者輸送型が何両になるかは未定です。令和9年度要求数は人員輸送型AMV:22両、指揮通信型AMV:3両、患者輸送型AMV:3両で、数量は今後の評価判断となります。
装甲救急車は多くの装甲車メーカーで用意されており、各国で配備されています。アメリカ陸軍のM1133はストライカー装甲車の救急車バリエーションでは車内で応急処置ができる設備を備えています。
ドローン時代に装甲救急車で大丈夫なのか
「衛生兵!」――戦争映画では、衛生兵が危険を冒して負傷した兵士に駆け寄って必死に処置する場面が描かれます。現代では「衛生兵!」とは叫ばず、スマートフォンで患者輸送用装甲カプセルを載せた無人地上車(UGV)が呼ばれます。
ウクライナ戦線では、ドローンや地雷だらけの最前線から負傷兵を後方に輸送するため、UGVも使われています。国際法で保護されている赤十字マークは必ずしも安全の担保にならず、負傷者救護自体が危険任務になってしまい、リスクを最小限にしようという無残な現実です。患者輸送UGVには赤十字マークは付いていません。
ウクライナ軍ではUGV「Maul」を使い、孤立した最前線の陣地から負傷兵を後送した「マクシム救出作戦」が報道されています。マクシムという負傷兵を収容したUGVが約40kmを5時間58分かけて走破、脱出に成功したという話です。マクシムは輸送中、狭く窮屈な装甲カプセルの中で孤独に耐えなければなりませんでした。UGVは途中で地雷によって1輪を失う損傷も受け、負傷者自身が不安や苦痛を感じていたことも伝えられています。
筆者(月刊パンツァー編集部)も救急搬送された経験があります。高規格救急車は重心が高いせいか意外と揺れて乗り心地はあまり良くありませんでしたが、救急隊員が常に声をかけてくれ、サイレンを鳴らして病院へ向かっている救急車の中にいるという確かな安心感がありました。
ドローン時代に装甲救急車は大丈夫なのか。簡単に答えを出せないポイントがここにあります。UGVによる患者輸送は救助する側の人的リスクを最小限にできるというメリットがあります。しかし負傷兵からみれば、やっと来てくれた救助者が赤十字マークも付いていない頼りなさげな小型4輪無人車。オペレーターと無線で会話できたとしても、負傷して心身ともに衰弱した自分一人を乗せた無人車に身を預けることは、相当に不安ではないでしょうか。「マクシム救出作戦」のような英雄譚の裏で、自爆ドローンに撃破されるUGVの映像も見られます。何両かは患者輸送用だったかもしれません。
装甲救急車の価値は、単純に「無人車より防御力が高い」ということだけではありません。有人ということです。「衛生兵がそばにいる」「声をかけてくれる」「その場で処置してくれる」という安心感は負傷者には大きな意味があります。安心感は士気につながる重要な要素です。話は飛ぶかもしれませんが、日本が世界で唯一の救難飛行艇US-2を保有し続けているのは、広い海域を飛ぶパイロットに万一の際には「必ず助ける」という安心感を担保するためです。これは単なる医療上の機能とは別の意味を持っています。
無人アセットが戦場を支配するように見えても、戦いを決するのは「人間が地面に足をつけて土地を確保する」占領です。精神論ではありませんが、士気を維持し、足をつけさせ続けるのには「万一の際には必ず助けが来る」という確信も必要です。装甲救急車の本当の価値はそこにありそうです。