「暴力は平和生まない」=遺族訴え続ける多様性の大切さ―米同時テロ25年

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 【ニューヨーク時事】2001年の米同時テロから25年を迎えるのを前に、事件でおいを亡くしたジャーナリストのビル・タミアスさん(81)が11日までにオンラインで取材に応じ、「暴力が平和を生むことはない」と訴えた。事件後に米社会を覆った不寛容性を憂い、「多様性の美しさ」を伝えてきた25年を振り返った。
 中西部ミズーリ州カンザスシティーに暮らすタミアスさんは長年地元紙で記者やコラムニストとして勤め、退職後も執筆活動を続ける。近年、テロで家族を失ったトラウマを乗り越える経験をつづった著作も出版した。
 勤務先で事件を知り、号外用の記事を執筆していた時、おいのカールトン・ファイフさん(当時31歳)が、ニューヨークの世界貿易センター北棟に激突した飛行機に乗っていた可能性が高いとの知らせを受けた。「ほとんど息子のように思っていた」というファイフさんは、ボストンで金融関係の仕事をしており、会議のためにロサンゼルス行きのアメリカン航空11便に搭乗していた。妻の第2子妊娠が分かった直後だった。
 タミアスさんは絶望に向き合い、テロの原因について考える中で、直後から社会に広がっていった反イスラム感情に危機感を覚えるようになった。テロや争い、他者への憎悪を生み育む土壌は「人種や習慣、宗教などへの無知」ではないか。新たな憎しみを止めるためにできることをしたいと、少年時代に数年を過ごしたインドでの経験を元に「文化や宗教の多様性、異なる人々に対してもっと心を開いてほしい」と訴え続けてきた。
 25年を経ても宗教的な偏見やイスラム嫌悪がなくならない中、トランプ政権の「米国第一主義」に懸念を抱く。「多様であるほど、社会はより強靱(きょうじん)に、より良くなる」。同時テロ最大の被害地となったニューヨークでイスラム教徒のマムダニ市長が誕生したことや、全国各地で公職に就くマイノリティー(少数派)が増えつつあることは「私たち自身の助けになること」だと歓迎した。
 背が高く、冗談が好きだったというファイフさん。追悼施設を訪れると、タミアスさんは今も刻まれた名前に向かってジョークを飛ばし、共に過ごした時間を振り返る。「テロへの答えは暴力ではない。暴力は伝染病のようなもの。その連鎖は、断ち切らなければならない」。事件から自身が学んだことを、指導者たちにも理解してほしいと願っている。 
〔写真説明〕ジャーナリストのビル・タミアスさん=米中西部ミズーリ州カンザスシティー(本人提供・時事)
〔写真説明〕米同時テロで犠牲となったカールトン・ファイフさん(遺族提供・時事)