沖縄県知事選の投開票まで残り1週間。米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古移設を巡る論戦がかすむ中、「国と沖縄の距離感」が新たな争点に浮上した。「国を悪者にするのはやめる」「政府に物申す」。事実上の一騎打ちとなった新人・古謝玄太(42)と現職・玉城デニー(66)の舌戦が熱を帯びる。(敬称略)
◇保守一本化の波紋
「玉城知事はひとのせいにしてばかりだ」。告示前日の8月26日夜、古謝は「県民所得の倍増」を柱とする県経済振興策に加え、知事としての姿勢を争点に据えたいと陣営幹部に宣言した。
翌日の第一声では「国を悪者にするのは簡単だが、それでは沖縄は変わらない」と声を張り上げ、辺野古移設撤回を求めて政府とぶつかる玉城との違いをアピール。今月3日の宜野湾市の集会では「停滞を前進に変えていく」と声をからした。
1972年の本土復帰から半世紀以上が過ぎても、国や本土に対する複雑な感情が根強く残る沖縄。陣営内には元総務官僚の経歴と併せて「国目線だと反発を受けかねない」と危ぶむ声もあったが、「台湾有事への不安などで県民意識は変わりつつある」(陣営幹部)との読みがあった。
擁立に動いた経済界を中心に、12年ぶりの保守系による県政奪還に向けた鼻息は荒く、古謝は自民、日本維新の会、国民民主、参政、日本保守各党の推薦を得た上、公明党県本部からも推薦を取り付けた。各党対等な「県民党」をうたい、「自民嫌いの無党派層」(関係者)への浸透を狙う。
とはいえ、「保守政党相乗り選挙」には副作用も伴う。関係者によると、県医師連盟からはワクチン接種に懐疑的な参政の陣営参画への不満が漏れる。2日に那覇市で開いた総決起大会では日本保守の国会議員が「戦後80年を経て被害者意識にさいなまれる県政」とやゆし、自民関係者は「余計な発言だ」と顔をしかめた。
告示直前に元衆院議員・下地幹郎が政策協定を自民本部と結んで出馬を取りやめ、古謝支援に転じたことも波紋を広げる。党本部は「保守分裂を回避できた」(幹部)と歓迎一色だが、地元の自民と公明は与野党を渡り歩いてきた下地と長年反目してきた経緯がある。陣営幹部は「ガラス細工をぶっ壊した」と不快感を隠さなかった。
◇失った旗印
3期目を目指す玉城を取り巻く政治情勢は初当選以降の8年間で大きく変わった。2018年の翁長雄志前知事の死去以降、保革を超えた支持母体の「オール沖縄」から離脱する保守派が続出。玉城は辺野古移設を巡る国との訴訟で最終的に敗訴し、移設工事を止める手だてを失った。
玉城は今回、古謝と同じ「県民党」を掲げつつ「オール沖縄」は名乗らず、立憲民主、共産、社民各党の推薦を求めなかった。7項目の公約の柱から「辺野古」の文言も外した。観光収入1兆円突破など実績をアピールするのが戦略だった。
その路線を大きく変えるきっかけになったのが下地の撤退だった。自民本部主導の「下地降ろし」は県民の目には「中央の介入」と映る。告示前日の陣営の緊急会議では「沖縄の自己決定権」を主張すべきだとの意見が相次ぎ、ある幹部は「訴えの軸がようやくできた」と胸をなで下ろした。
「国のせいにするな」との古謝の批判に、玉城は「まかりならんことははっきり言わせてもらう」と反論。米政府が辺野古と別の3000メートル級滑走路を普天間返還の条件として要求しているとされる問題も取り上げ、「那覇空港を差し出せというなら、絶対に認めない」と力を込める。
3日の金武町の演説会では「ぬちどぅ宝(命は宝)が私たちのアイデンティティー。もう一度この選挙で示そう」と呼び掛けた。
もっとも、「オール沖縄」という旗印を失い、陣営にかつての勢いは感じられない。告示日の県庁前の街頭演説でも聴衆はまばらだった。ギターの腕前を街頭で披露するなど個人人気を前面に出した戦い方を強いられ、関係者は「なんとか風を吹かせないと…」と焦りを募らせている。
〔写真説明〕沖縄県知事選に立候補した古謝玄太氏の演説に集まった聴衆=3日、沖縄県宜野湾市
〔写真説明〕13日投開票の沖縄県知事選に向けて演説する古謝玄太氏=3日、沖縄県宜野湾市
〔写真説明〕沖縄県知事選で、演説する玉城デニー氏=3日、沖縄県金武町