国鉄分割民営化で誕生した「新幹線鉄道保有機構」は、わずか4年半で解散しました。JR本州3社の“礎”になったといわれるこの組織の役割と、短命に終わった経緯とは。
4年半で解散した新幹線鉄道保有機構
整備新幹線は、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)が「建設主体」として施設を整備・保有し、JRが「営業主体」として施設を借りて営業する「上下分離方式」を採用しています。それ以外の東海道・山陽・東北・上越新幹線(既設新幹線)は、JR各社が施設保有と営業を一体的に行っていますが、国鉄分割民営化当初はこれらの路線も上下分離方式を採用していました。
既設新幹線を保有してJRに貸し出していたのが、国鉄の事業を継承した12法人の一つである「新幹線鉄道保有機構」です。機構は簿価5.6兆円の新幹線資産と、再調達価格約8.5兆円相当の国鉄債務を継承し、JR発足と同じ1987(昭和62)年4月1日に設立されました。
貸付期間は「30年」、リース料(貸付料)は8.5兆円の30年間元利均等払いとされました。発足時のリース料は計約7000億円で、JR東海が約4000億円、JR東日本が約2000億円、JR西日本が約1000億円を負担するとされました。
ところが機構はわずか4年半で解散してしまいます。JRはバブル景気を背景に想像以上の好スタートを切り、完全民営化に向けて株式売却を検討する必要が出てきました。そこで問題となったのが、新幹線という巨大資産の取り扱いです。
機構の資産は「貸付期間が終了したときは、別に法律で定めるところにより、各新幹線を借り受けている本州3社に譲渡する」と定められていました。しかし条件を定める法律は30年後に決定するため、新幹線にかかるJR各社の資産・負債が確定できません。
また、好景気で東海道新幹線の輸送量は想定以上に増大しており、JR東海は輸送力増強の設備投資に追われていました。しかし、リース資産のため減価償却費が計上できず、借入金で資金調達する必要があり、経営にも悪影響を与えていました。
設立の目的は「本州3社の収益調整」
こうして上場に先立ち、新幹線資産の譲渡が決定しました。譲渡代金は(1)譲渡時点の新幹線簿価が6.2兆円、(2)機構が負担した長期債務の残高1.9兆円、そして(3)再調達価格とこれらの差額が1.1兆円で計約9.2兆円。配分はJR東日本が約3.4兆円、JR東海が約5.6兆円、JR西日本が約1.1兆円とされました。
(1)は25.5年(2017年3月まで)の元利均等半年支払いで変動金利、(2)も同じく25.5年の元利均等払いですが、固定金利6.35%、(3)は60年(2051年まで)、固定金利6.35%です。すでに(1)と(2)の支払いは終了しており、(3)のみ毎年度724億円の支払いが続いています。
新幹線施設譲渡の「目玉」とされたのが、(3)の収入です。長期にわたり安定した収入が見込めることから、整備新幹線、幹線鉄道、都市鉄道の整備のための財源として活用することになりました。この機能を引き継いだのが特殊法人「鉄道整備基金」で、現在の鉄道・運輸機構につながっています。
では、そのような新幹線鉄道保有機構はどのような目的で設立されたのでしょうか。当時の記事には歯切れの悪い説明が並んでいますが、元運輸事務次官でJR東日本の初代社長に就任した住田正二氏は後年、次のように語っています。
住田氏によれば、国鉄の分割にあたっては各社が初年度収入の1%の利益が出るように収益を調整したといいます。北海道・九州・四国の三島会社は経営安定基金の運用益で調整しましたが、問題は本州3社です。経営の柱である新幹線は、東海道新幹線が莫大な利益を出していた半面、建設直後の東北・上越新幹線は大きな赤字を出していました。
新幹線を単純に地域分割しては3社の収益調整は困難です。そこで機構が新幹線を一括保有し、実情に見合ったリース料で貸し付けることで、3社の収益を調整する仕組みを構築したのです。結果的に機構は4年半で解散しますが、この考え方は新幹線の譲渡価格にも反映されています。
これは言い換えれば、東海道新幹線を運行するJR東海が他の新幹線の分まで費用を負担するということです。そのため同社の葛西敬之氏は「欠陥制度であり、設立は誤りだった」と述べました。
JR東海の気持ちは理解できますが、東海道新幹線は国民の資産です。新幹線の資産と債務の関係をリセットしなければ、JR東日本とJR西日本の船出は厳しいものになっていたでしょう。短命に終わった機構は本州3社の礎を作った組織だったのです。