大型旅客機は新幹線並みの速度から着陸します。ブレーキは600度以上の高温に達しますが、なぜ溶けないのでしょうか。秘密は特殊なカーボン素材と、3つの減速装置の連携にありました。
数十トンの機体をぴったり止めるブレーキ、実は“超高熱”に耐えている
飛行中の旅客機が着陸し、滑走路を走ってぐんぐん減速していくあの瞬間。着陸時にドキドキする方も多いでしょうが、飛行機の足元のブレーキも、想像を超える過酷な状況にさらされています。
大型旅客機では機種や重量によって違いますが、着陸時には新幹線並みの速度250km/h前後で滑走路へ進入し、200t級の重さの機体を限られた滑走路内で止めなければなりません。
このとき機体がもつ大きな運動エネルギーは、車輪のブレーキや空気抵抗、エンジンをリバースさせる逆推力などで減らされます。なかでも車輪ブレーキは、ディスクの摩擦を利用して着陸時のエネルギーの多くを熱に変え、その熱を受け止める“ヒートシンク(吸熱体)”として働きます。
そのため、着陸時のブレーキは高温にさらされます。日本セラミックス協会の資料では、航空機に用いられる「C/Cコンポジットブレーキ」は制動時の温度が高く、600〜800度で使用されると説明があります。
ただ、これよりさらに過酷な状況もあります。それが、離陸を途中で取りやめる「離陸中断(RTO)」です。FAA(アメリカ連邦航空局)の認証資料でも、輸送機のブレーキは最大運動エネルギーでの加速・停止を吸収できることを示す必要があるとされています。RTOの際は、着陸時以上の負荷がブレーキに掛かってくることは否めません。
では、なぜ飛行機のブレーキは、これほどの高熱でも簡単に溶け落ちないのでしょうか。その秘密は、使われている“素材”にあります。
高熱に強い「カーボンブレーキ」は減速の命綱
答えとなる素材は、現代の旅客機で広く使われている「カーボンブレーキ」です。摩擦材となるディスク部分に炭素繊維と炭素を組み合わせた複合材(C/Cコンポジット)を使ったものです。スチール製よりも遥かに軽く、大きな運動エネルギーを短時間で吸収できるのが特徴です。
強さの理由は、高温に強く、熱を受け止める能力が優れている点にあります。同協会の資料では、C/Cコンポジットは密度が小さく、大きな比熱や熱伝導率、高い溶融温度など熱的特性に優れるとされています。
軽さも大きな武器です。同じ資料によると、スチールブレーキに比べブレーキ全体で40〜50%の重量低減が可能とされています。またスチールブレーキと比較し、摩耗量は2分の1から3分の1、寿命は2〜3倍になるとされています。
つまり、航空機に重量面での負担を掛けにくく、それでいて着陸や離陸中断で生じる大きな熱を受け止めやすい明確なメリットがあるのです。
サフラン・ランディング・システムズは、自社のボーイング737NG/737 MAX向けカーボンブレーキについて、スチール製に比べ1機あたり最大約320kgの軽量化が可能で、燃料消費やCO2(二酸化炭素)排出の低減につながると説明しています。
とはいえ、これだけ優秀なカーボンブレーキにも弱点があります。それは「酸化」です。
日本セラミックス協会の資料には、C/Cコンポジットは500度以上の温度で繰り返し使用すると、酸化により強度が低下すると明記されています。そのため、側面部にSiC(炭化ケイ素)などのコーティングを施す耐酸化処理が行われているとされます。ボーイングの資料でも、滑走路の防氷剤に含まれる成分による酸化が、ブレーキの損傷や性能低下につながる可能性が指摘されています。
機体の減速を支える“三人がかり”の体制が安全に繋がる
もっとも、飛行機を止めているのはブレーキだけではありません。着陸時の減速は、ブレーキのほかに2つの力も借りた、言うなれば「3人がかり」で行われています。
1つ目が、翼の上に立ち上がる板「スポイラー」です。機体の空気抵抗を増やすほかに、着陸直後に揚力を減らして機体の重さを車輪に伝え、タイヤが路面をつかんでブレーキを効きやすくする役割があります。いわば、滑走路に機体を押し付けるような空気の流れを生む装置です。
2つ目が、エンジンの「逆噴射(逆推力装置)」です。推力の向きを変えて減速を助ける装置で、着陸直後の高速域などで使われます。着陸後に「ゴーッ」とエンジン音が大きくなるのは、これが働いているためです。機体の進行方向と逆向きの力を加える事で、機体を後方に「引っ張る」ように減速させていきます。
そして3つ目が、先に述べた車輪のディスクブレーキです。スポイラーで車輪に荷重をかけ、逆推力や空気抵抗も使ったうえでブレーキが働くことになります。着陸の最後は車輪ブレーキが大きな運動エネルギーを熱として受け止め、速度を落とします。こうした3種の連携で、限られた滑走路内でも機体を安全に減速させることができるのです。
ちなみにボーイングの技術資料によれば、カーボンブレーキの摩耗は主にブレーキをかける回数に左右されており、軽いブレーキを何度も使うより、少ない回数でしっかり減速するほうが長もちしやすいとされています。
飛行機が接地する着陸の瞬間。その足元では、高温に強いカーボンブレーキと、スポイラーや逆推力など複数の減速装置の連携が、重い機体を確実に減速させ、安全な着陸に貢献しているのです。