ソ連軍が最も警戒した“ただのドイツ車”の正体! なぜ英国スパイは「ただのオペル」を選んだ?「リアル・ボンドカー」出現の経緯

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英国空軍博物館に展示される1台のドイツ製セダン。その正体は、冷戦下でソ連軍の動向を探った英国軍の「合法スパイカー」でした。

航空博物館になぜ? “普通の”ドイツ製セダン

 イギリス中部にある英国空軍博物館ミッドランズ館。その一角に、戦闘機や爆撃機に混じって1台のドイツ製セダンが展示されています。なぜ航空博物館に自動車が、しかも英国ではなくドイツのクルマが置かれているのでしょうか。実はこの一台、冷戦の最前線で情報収集任務にあたった「本物のスパイカー」なのです。

 館内に展示されているのは「オペル・セネター」という名の大型セダンです。オペルはドイツを代表する自動車メーカーのひとつで、1990年代には日本でもヤナセが正規輸入し、最盛期には年間4万台近くを販売したこともあるため、なじみ深いと感じる人もいるかもしれません。

 では、なぜこのドイツ車が英国空軍の博物館にあるのでしょうか。実はこのオペル・セネター、冷戦時代に英国軍の軍事連絡団「BRIXMIS(ブリクスミス)」が運用していた特殊任務車両なのです。見た目はごく普通の高級セダンですが、その役割は東ドイツでソ連軍の最新兵器や部隊の動向を監視するという、冷戦最前線の情報収集任務にありました。

 BRIXMISは1946年、第二次世界大戦後に英国とソ連が締結した協定に基づいて設立された軍事連絡団です。表向きは駐留ソ連軍との連絡や調整を担う組織でしたが、その制度を利用し、立入禁止区域を除く東ドイツ各地を移動しながら、ソ連軍や東ドイツ軍の演習、兵器の動向を観察・記録していました。

 映画に登場するスパイのように偽名や変装で秘密裏に潜入していたわけではなく、隊員は制服を着用し、所属を示すナンバープレートを付けた車両で活動していました。そのためBRIXMISは「合法スパイ」と紹介されることもありますが、実態は軍事連絡団という制度を利用した情報収集組織といった方が近いでしょう。

 もちろん、ソ連側もその目的を十分に理解していました。BRIXMISの車両はソ連軍や東ドイツ国家保安省(シュタージ)の監視対象となり、尾行や進路妨害、車両への接触行為など、さまざまな妨害を受けています。活動中には車両衝突で隊員が死亡したり、ソ連軍兵士に射殺されたりする事件も発生しており、その任務は平時であっても常に危険と隣り合わせでした。

求められたのは「派手さ」ではなかった

 こうした過酷な任務に用いられた車両のひとつがオペル・セネターです。BRIXMISでは1950年代からオペル・カピテーンやアドミラルなど同社の大型車を使用しており、セネターもその系譜に連なります。

 採用された理由は、特殊任務に必要な性能をバランスよく備えていたためです。セダンらしい高速巡航性能を持ちながら、悪路にも対応できるよう4輪駆動化され、長時間行動に備えて燃料搭載量も増強。さらに床下の防護や補助灯の追加なども施され、東ドイツ各地を長距離にわたって行動できるよう改造されていました。

 車内には望遠カメラや双眼鏡、無線機器、詳細な地図などを積み込み、数日間に及ぶ任務では車内や野外で休息を取りながら情報収集を続けました。こうした活動によって、西側では当時まだ詳しく把握されていなかったソ連軍の新型戦車や装甲車、防空システム、航空機などに関する情報が数多く収集され、NATO諸国にとって貴重な軍事情報となったのです。

 映画『007』では、秘密兵器を満載したスポーツカーがスパイの象徴として描かれます。しかし現実の情報戦で求められたのは、派手さではありませんでした。長距離を走り、相手を観察し、危険を避けながら確実に帰還することです。一見すると何の変哲もないオペル・セネターは、そうした冷戦下の情報戦を陰から支えた「本物のスパイカー」だったのです。

 ドイツ統一に伴い、BRIXMISは1990年末をもって活動を終了しました。しかし、その歴史を伝えるオペル・セネターは現在も英国空軍博物館ミッドランズ館で保存・展示されています。航空機ばかりが並ぶ展示の中で異彩を放つ存在ですが、それは航空機を含むソ連軍の活動を監視し、冷戦期の英国軍を支えた情報収集任務を象徴する車両だからにほかなりません。