原爆投下から81年を迎えた6日、広島市中区の平和記念公園には未明から被爆者や遺族が訪れ、原爆死没者慰霊碑の前で祈りをささげた。「核兵器のない平和な世の中を」。被爆者が減り記憶の風化が懸念される中、一刻も早い実現を願った。
日浦絹子さん(83)=同市南区=は2歳の時、爆心地から約2キロの自宅で被爆。父に抱かれて逃げ惑う中でがれきの下敷きになったが、救助され一命を取り留めた。8年前に亡くなった夫は胎内被爆者で、被爆者だった両親も他界した。今年も「元気にしてるよ」と報告した。
2歳で両親や弟と入市被爆した女性(83)=同市中区=は、被爆時の記憶はないが、両親から焼け野原になった町の様子を聞かされた。「子どもや孫には平和に暮らしてほしい」と祈った。
岩井史博さん(89)=同市中区=の祖母は被爆死したが遺骨は今も見つからない。小泉進次郎防衛相が核政策を巡り「タブーなく議論を」などと発言したことについて「とんでもない話。戦争は絶対に避けなきゃいけんと音頭を取るのが政府の役割だ」と怒りをあらわに。「もうあまり生きられんでしょうけど、絶対に戦争はダメと言いたい」と力を込めた。
医師の下田浩子さん(71)=同市安佐北区=は、母や伯父らが爆心地から約500メートル付近で被爆し、伯父は家の下敷きとなって死亡した。「これからも平和な世の中が続くように」との思いを込めて花を供え、「被爆者が少なくなる中、私たち被爆2世が語り継ぐ必要がある」と話した。