ブルートレイン客車は「解体しない」 日本初「サウナ電車」設置で保存車両たちはどうなる? 関係者に直撃 富士急

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インバウンド(訪日客)の人気スポットの最寄り駅に、営業運行を終えた電車車両として日本初となるサウナ施設が誕生します。では、それまで建設地に展示されていた寝台車はどこへ行くのでしょうか。複数の関係者に直撃しました。

日本初の「サ電」誕生へ もともとの「青い客車」はどこへ?

 富士急行は、子会社の富士山麓電気鉄道が運行する富士急行線の下吉田(山梨県富士吉田市)の駅舎脇に、日帰りサウナ施設「サ電(SADEN)」を2026年12月に開業すると発表しました。2024年12月に引退した電車1000系1001号編成を改造します。

「営業運行を終えた電車車両をサウナ施設として活用する試みは日本初」だと富士急は説明しており、2026年9月18日に創立100周年を迎える同社の記念事業の一環と位置づけています。

 1000系は、1963年に登場した京王帝都電鉄(現・京王電鉄)の初代5000系を譲り受けた車両。うち1001号編成は、引退時にはアイボリー(淡いクリーム色)の車体に、窓の下にえんじ色の帯を巻いた京王時代のオリジナル塗装を施していました。

 富士急が公開した「サ電」の完成イメージによると、サウナに“転身”する1001号編成は白い車体に青色のラインを入れた車体色に塗り替えられます。水着着用で男女一緒に楽しめるサウナとなり、車内には水風呂も備えます。名車との呼び声が高い旧京王5000系の車内で「ととのう」ことができるのは、鉄道愛好家にとっては格別の体験となりそうです。

「サ電」の敷地内には、下吉田駅に保存されてきた国鉄(現・JR)時代の1969年に製造された169系電車クモハ169-27の先頭部のカットボディーも配置。車体色はオレンジ色と緑色の「湘南色」だったのが、白と青色のツートンカラーへ変貌します。

 一方で完成イメージによると、「サ電」の建設場所に置かれていた寝台車が消えています。

 この寝台車は国鉄時代の1972年に製造され、同年の鉄道友の会のブルーリボン賞を受けた形式である14系客車「スハネフ14 20」。2010年に廃止された寝台特急「北陸」(上野~金沢間)などで活躍したブルートレイン(寝台特急列車)用の客車です。

「サ電」の建設に伴って現在は下吉田駅舎の脇に留置されており、交流サイト(SNS)などでは「スハネフ14 20」が解体されるのではないかと心配する声も出ています。筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)が複数の関係者に尋ねたところ、方向性が見えてきました。

「桜+五重塔+富士山」+ブルトレ=下吉田

 下吉田はインバウンド(訪日客)も多く乗り降りする主要駅で、JR東日本中央本線と直通運転して主に新宿~河口湖(山梨県富士河口湖町)を走る特急「富士回遊」も停まります。国土交通省の統計によると、2023年度の1日当たりの乗降客数は1559人と、富士急行線では大月(山梨県大月市)、河口湖、都留文科大学前(同県都留市)に次いで4番目でした。

 訪日客らの目当ては、徒歩約30分の距離にある新倉山浅間公園(あらくらやませんげんこうえん)の展望台。富士山と五重塔(忠霊塔)を同じフレームに収めることができる撮影スポットで、春の桜の開花シーズンには日本らしい“3点セット”がそろいます。2015年発行のガイドブック「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン(改定第4版)」の表紙に採用されたことで、人気に火が付きました。

 これとは別の下吉田名物となってきたのが、富士急が2011年4月に開設した「下吉田駅ブルートレインテラス」です。大人・子どもともに100円の入園料を支払えば、「スハネフ14 20」の車内を見学できるのが売りでした。富士急行線を利用して下吉田に乗り降りする利用者は無料で入れる特典があり、筆者も富士急行線で下車して訪問したことがあります。

「スハネフ14 20」のトレインマークは、2009年3月の廃止時に東京と大分を結んでいた寝台特急「富士」を掲示。側面の行き先方向幕には「特急 富士 西鹿児島 日豊線経由」と記していました。西鹿児島は現在の鹿児島中央駅です。

 車内には幅が70cmあるベッドが上段と下段にあり、通路沿いには折りたたみ式の簡易座席が並び、飲料水を注ぐことができる冷水機、洗面台などを備えます。今はなきブルートレインの歴史を伝える“生き字引”として来場者をひきつけてきました。

 ところが、「サ電」を建設するために「下吉田駅ブルートレインテラス」は2026年4月17日に営業を終了。「スハネフ14 20」に立ち入ることができなくなりました。

メッセージは「安心してください」

「下吉田駅ブルートレインテラス」の閉鎖後は手持ちぶさたな様子の「スハネフ14 20」の行方を探るべく、筆者は複数の関係者に当たりました。愛好家から懸念されている解体の可能性について関係者は「それはない」と否定し、「引き続き富士急が保有する」と断言しました。

 その上で現在は暫定的な場所に留置しており、「他の駅に移して保存することを検討しているが、どの駅にするのかを言える段階にはない」という説明を受けました。

 筆者は「『富士』のトレインマークを付けているので、下吉田から河口湖方面へ2駅先の富士山(富士吉田市)が似合う気もしますが」と探ったり、河口湖駅の南側に新設予定のバスロータリーの付近に展示する可能性を問うたりしましたが、残念ながら何駅に保存する方針なのかは特定できませんでした。

 ただ、いわば「安心してください、手放しませんよ」という心強いメッセージを受け取ったのは吉報です。なお、河口湖駅舎に面した北側の広場には、富士急の前身企業が1929年に製造した電車モ1号が展示されています。

 一方、下吉田駅舎の脇に保存されている富士急行線の歴代車両について関係者は「移設する予定はない」と明言しました。これらには1975年に導入した自社発注車両で、76年に鉄道友の会の「ローレル賞」を受けた車両5000形、運転席を2階に設けて先頭部からの展望を楽しめるようにした「フジサン特急」の初代型車両2000系の先頭車、1978年に廃止された貨物列車に使っていた貨車が含まれます。

 未発表の「サ電」の利用料金についても質問し、使う車両が1000系だったため1000円に設定する可能性を問うと「さすがにそれでは事業として成り立たない。それよりは高くなる」とか。「他のサウナ施設と同程度の料金になる」というヒントがあったため、筆者は基本料金が1人2500~3500円前後になるのではないかと予想しています。

 旧京王初代5000系の車内で熱気に包まれる「サ電」が誕生し、鉄道愛好家が熱視線を注ぐ「スハネフ14 20」も移籍先の目玉となる富士急行線は、富士急の創設100周年という大きな節目を控えて要注目のホットスポットになりそうです。