X・アロンソ監督、ムドリクのチーム合流を認める…デ・ゼルビ監督も元教え子の復活に期待「優れた選手」

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 ドーピング問題による暫定的な出場停止処分が解除されたチェルシーに所属するウクライナ代表FWミハイロ・ムドリクは、トップチームに合流することになるようだ。8月1日、イギリスメディア『BBC』が伝えている。

 現在25歳のムドリクは2024年11月28日に行われたUEFAカンファレンスリーグ(ECL)リーグフェーズ第4節のハイデンハイム戦に出場したのを最後に戦列を離脱。当初は体調不良と伝えられていたが、同年12月17日に定期的な尿検査で禁止薬物が検出されたことが発表され、暫定的に出場停止となった。

 その後、陽性反応が出たのは呼吸機能と持久力を向上させる心血管系治療薬である禁止薬物メルドニウムで、2024年10月にウクライナ代表として活動中に接触したと見られているが、当初から一貫してムドリク自身は禁止薬物を故意に摂取したことは一度もないことを主張しており、嘘発見器テストを受けて合格するなど、潔白を証明する手続きを進めていたが、その後イングランドサッカー協会(FA)は有罪と判断し、4年間の出場停止処分を下した。これを受け、ムドリクは今年2月にスポーツ仲裁裁判所(CAS)へ控訴を行っていた。

 そうしたなか、7月31日にCASはムドリクとFAが世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の同意を得て、控訴手続きを解決したと発表。さらにFA側もムドリクが即座に競技へ復帰できる状態にあることを明らかにしている。なお、イギリスメディア『BBC』によると、ムドリク側がドーピング規則違反自体は認めたうえで、すでに消化された約1年8カ月分の出場停止期間を受け入れる形で双方が同意し、和解という形で解決に至ったことが伝えられている。

 これに伴い、チェルシーのトップチームにとどまるのか、レンタル移籍となるのか、今後のムドリクの動向にも注目が集まっているが、チェルシーのシャビ・アロンソ新監督は「彼は香港に来る。ただ、まだ彼とは話していない」とプレシーズンツアー中のトップチームに合流する予定であることを明らかにした。

「フィットネスの状態や、実戦復帰に必要なプレー時間の確保といった点について判断するにはまだ早すぎる。だから、現時点では何とも言えない。しかし、私たちは彼のために嬉しく思っている。特に彼自身にとってはなおさらのことだ。彼がこの期間にどのような経験をし、直面しなければならなかった問題に対して今どのような心境にあるのか、私たちにはおそらく完全には理解できないだろうからね」

 出場停止期間中にはチェルシーの練習場を使用することができなかったため、個人的にコーチやゴールキーパーを雇い、下部リーグのクラブの練習場を借りてトレーニングを行なってきたムドリク。それでも、現在のコンディションは不透明となっており、X・アロンソ監督は「復帰には時間がかかるだろうと見ている」と本格的に戦列復帰するには時間がかかることを予想している。

「彼は毎日一人でトレーニングをしていた。本当に、本当に辛いことだったと思う。彼はサッカーをしたかったし、チームの一員でありたかったのに、長い間それが許されなかったのだからね」

「今後、復帰が早まるか遅れるかは様子を見ることになるけど、その点は認識しておく必要がある。彼にはチームの一員だと感じてほしい。合流したら、状況がどう進展するか見ていくつもりだ」

 そして、「正直なところ、このタイミングでこのような素晴らしいニュースが舞い込むとは予想していなかった」と思わぬタイミングでの戦力復帰となったことを認めたX・アロンソ監督は「シャフタール時代の彼を見ていたのを覚えている。彼がもたらしたインパクト、スピード、一対一での強さ、そして独りで多くのチャンスを作り出す能力。彼は特別な選手だが、間違いなく時間が必要になるだろう」とムドリクを高く評価していることも明かしている。

 また、8月1日にチェルシーとプレシーズンで対戦したトッテナム・ホットスパーのロベルト・デ・ゼルビ監督も、ロシアによるウクライナ侵攻前にシャフタール・ドネツクで指導していたムドリクが出場可能となったことへの喜びを口にしている。

「彼もまた、私にとって息子のような存在だ。とても嬉しいよ。彼はプレーするに値する選手だ。彼は素晴らしい人間であり、優れた選手だ。この2年間で彼が経験した苦難を、来シーズンこそはプレーで証明してほしいと願っている。対トッテナム戦ではそうはいかないかもしれないけど、彼は本当に素敵な人間であり、極めて優秀な選手だからね」

「かつての教え子たち全員に感謝しなければならない。彼らが私に与えてくれたものに対して、特にミシャ(ムドリクの愛称)には感謝している。私は戦争を理由にあの地を離れた。サッカーの面では、私が指導した中で最高のレベルにあったかもしれないチーム、クラブを離れたのは、サッカー以外の理由だったからね」