さよなら「超絶傑作機」! 米海兵隊から退役もスペインは延命なぜ? 日本も無関係ではない「ハリアーの呪縛」

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米海兵隊で55年間活躍したAV-8BハリアーIIが退役しました。しかしスペインでは延命が図られるなど対応が分かれています。背景にある「ハリアーの呪縛」とは何か、日本の海上自衛隊にも関わる問題を見ていきます。

「唯一無二」がもたらした功績とジレンマ

 2026年6月3日、アメリカ・ノースカロライナ州にあるチェリーポイント海兵隊航空基地で、AV-8BハリアーII V/STOL機(垂直/短距離離着陸機)の最終飛行と退役記念式典が実施されました。

 この特徴的な機体は55年間アメリカ海兵隊航空戦力を担い続け、記憶も新しい今年1月のベネズエラのマドゥロ大統領拘束作戦にも参加しました。

 一方、スペイン海軍は5月27日の上院国防委員会でマリア・ガルシア国防担当国務長官がAV-8BハリアーII(スペイン向け派生型EAV-8B)を2032年まで延命し、退役したアメリカ海兵隊の機体を部品取り用に取得する方針を明らかにしています。アメリカとスペインが対照的な運用になったのはなぜでしょうか。その背景には「ハリアーの呪縛」とも呼ぶべき特殊な事情があります。

 ハリアーは航空史において極めて特別な航空機です。初代ハリアーGR.1がイギリス空軍に就役したのは1969年4月のことで、短距離離陸・垂直着陸(V/STOL)能力を備えた世界初の実用戦闘機でした。他国も同様の機体を研究していましたが、量産、実戦配備され、長期間運用されたV/STOL機はハリアーだけといっても過言ではありません。

 その能力が大きな影響を与えたのが艦載航空戦力でした。固定翼艦載機を運用するためにはカタパルトやアレスティング・ワイヤーなど発着艦に必要な特殊装置を備えた大型の空母が必要です。しかしハリアーは短い飛行甲板で発着艦できるため、特殊装置は不要で、中規模海軍でも固定翼艦載機を運用できるようになったのです。

 イギリス海軍、アメリカ海兵隊、スペイン海軍、イタリア海軍などは「ハリアーを運用すること」を前提に軽空母や強襲揚陸艦を設計して、艦載航空戦力を整備しました。ハリアーは単なる航空機ではなく、多くの国にとっては艦隊設計そのものを左右する存在だったのです。

 そのような“超絶傑作機”のハリアーも就役から半世紀以上が経過し、退役の時期を迎えています。開発国のイギリスは、すでに2010年にハリアーを退役させました。アメリカ海兵隊でも今年その歴史に幕を下ろしました。

 問題は後継機です。現在、ハリアーと同じようにV/STOL能力を持つ実用戦闘機は、ロッキード・マーティンF-35Bしか存在しません。

 軍用機業界では通常、複数メーカーが競争します。しかしV/STOL機だけは例外です。事実上、F-35Bの独占市場になっています。

「空母はあるが艦載機がない」スペインの悲劇

 理由は技術的な難易度の高さにあります。V/STOL機は垂直飛行を可能にする強力なエンジンと推力制御、複雑な飛行制御システム、高温排気の対策など、通常の戦闘機にはない特殊技術が必要です。冷戦時代にはソ連もYak-38やYak-141といったV/STOL機を開発しました。しかしスペック的にも見るべきものはなく、ソ連崩壊とともにその系譜は途絶えました。

 イギリスもブリティッシュ・エアロスペース(BAe)P.1216という次世代V/STOL戦闘機を構想していましたが、実現には至りませんでした。最終的には独自開発を断念し、アメリカ主導のF-35B共同開発に参加しています。それほどまでにV/STOL機の開発は難しいのです。

「ハリアーの呪縛」とは、各国が唯一無二のV/STOL機ハリアーを前提に艦載航空戦力を整備した結果、その後継であるF-35Bにも依存せざるを得なくなったことです。スペイン海軍がこの問題に悩まされています。

 同海軍は2010年に強襲揚陸艦「ファン・カルロス1世」を就役させました。この艦はスペイン海軍最大の艦艇であり、AV-8Bハリアー(スペイン向け派生型EAV-8B)とF-35B運用も視野に入れて設計されています。ところが、スペイン政府は2025年8月にF-35AとF-35Bの取得計画を凍結しました。

 背景には、予算の問題と近年の対米関係の冷却化が影響しています。防衛費増額やNATOの安全保障政策を巡ってアメリカと意見の相違が目立ち、現在の対イラン作戦ではアメリカ軍機がスペインの基地を使用することや領空通過を禁じているほど冷え込んでいます。

 スペイン海軍は遠からず「空母はあるが艦載機がない」という状態になります。海軍と国防省は固定翼艦載機の維持に向けた新たな選択肢を模索しています。スペインの造船会社ナバンティア社に、従来型の艦載機を運用できるカタパルト搭載空母を新規建造する実現可能性調査を依頼しているとされますが、財政負担は莫大なものになるでしょう。

 この問題はスペインだけの事情ではありません。海上自衛隊もまたF-35Bを導入し、「いずも」型護衛艦の空母化を進めて、日本は第二次大戦後初めて固定翼艦載機を運用する能力を本格的に獲得することになります。しかし、その能力はF-35Bの存在が前提です。運用の持続性と後継まで考えておく必要がありそうです。

 ハリアーは中規模海軍に「手軽な空母航空戦力」という夢を与えました。しかし半世紀後、その成功が逆に各国海軍を縛る結果となっています。「空母はあるのに載せる艦載機がない」――日本海軍が過去経験し、スペイン海軍が今味わっている悲喜劇を、海上自衛隊でも繰り返されないことを願いたいものです。