鉄道の「こども運賃50円」なぜ今? 経営戦略だけじゃない、カギとなった“法の縛り”や技術の進化

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鉄道各社で、ICカード利用時のこども運賃を一律50円や75円にする動きが広がっています。少子化対策の一環ですが、なぜ今まで実現が難しかったのでしょうか。背景には運賃制度の“縛り”や、技術の進化がありました。

「こども運賃50円」なぜ今?

 子ども運賃を戦略的に割り引く動きが広がっています。最初に動いたのは小田急電鉄です。2022年3月に小児IC運賃を全区間一律50円に設定し、グループのバス事業者にも順次、拡大していきました。続いて2023年10月に京急電鉄が小児IC運賃を全区間75円均一、2026年3月に西武鉄道が小児IC運賃を全区間一律50円に設定し、追随しました。

 異なるアプローチとしては、東武鉄道がこれまで夏・冬・春の長期休み等の期間限定で実施していた、親子で一緒に乗車した場合に限り小児運賃相当額のポイント全額を還元する制度を2026年1月から通年化しました。京王電鉄も小児IC運賃の50%をポイント還元しています。

 首都圏でも鉄道利用者の中心である生産年齢人口(15~64歳)は今後、減少が加速していきます。それでも極論ですが、自社沿線の人口が変わらなければ収入はキープできます。つまり各社の命運を左右するのは、路線間の住民獲得合戦というわけです。

 小田急は2021年に「子育て応援ポリシー」を制定しており、割引以外にも、子ども連れでも気兼ねなく利用できる「子育て応援車」の設置や、駅でのベビーカーシェアリングサービスを導入するなど「子育てしやすい沿線」を目指しています。

 とはいえ首都圏の生産年齢人口が減少局面に入ったのは30年近く前のことで、将来的に減少が加速することも分かっていました。それほど効果的な取り組みならば、これまで誰も実施しなかったのはなぜなのでしょうか。

 一つは法令の壁です。鉄道運賃は2000(平成12)年5月に鉄道事業法が改正されるまで運賃変更には国の認可が必要でした。これでは業務効率化、サービス改善の流れに逆行するため、2001(平成13)年1月から運賃の上限額(上限運賃)のみ認可し、実際の運賃(実施運賃)は届出で変更できるようになりました。

 つまり上限運賃制の導入まで、運輸大臣(当時)の認可を受けなければ、一定以上の割引を設定できませんでした。鉄道営業法の定める鉄道運輸規程は、小児は「大人ノ運賃ノ半額ヲ以テ運送スベシ」と定めている以上、大胆な割引を認めるとは思えません。

 ただし鉄道事業法の改正後も実施例はありません。大きな理由として考えられるのは不正乗車の懸念です。当時の磁気機式自動改札機でも、50円均一全区間有効のきっぷは不可能ではないでしょうが、自動改札機の不正判定が現在よりはるかに緩いため、悪用が危惧されます。

小児運賃「無料」の事例も

 次のタイミングはICカードの登場です。2001年にSuicaが誕生し、2007(平成19)年のPASMO導入とともに小児用カードを新設しました。ICカードは不正判定が厳格で、小児用の発行には公的証明書が必要なので、悪用の危険性はぐっと下がります。つまり、システム上は約20年前から実現可能だったわけです。

 将来的な課題と認識していても誰もやらなかったのは、大手私鉄の定期外利用が2000年代に入って高いペースで伸び続けていたからでしょう。ところが、コロナ禍が「時計の針を10年早めた」ことで、人口減少社会への対応に本気で取り組まざるを得なくなったのです。ただし小田急電鉄はコロナ前から小児運賃50円均一化を検討していたといいます。

 小田急の小児運賃50円化は、運賃そのものを改定するのではなく、上限価格制のもとでICカード利用に限って運賃を割り引く扱いをしています。通常の磁気券のきっぷを購入した場合はこれまで通りの小児運賃が必要です。

 無料化も検討したそうですが運賃制度上、他社線との乗り継ぎ割引が設定可能な10円以上の金額にする必要があったため、分かりやすい値段として往復100円、片道50円にしたと説明しています。

 歴史を遡ると小児運賃を無料としていた事例があります。それが東京メトロ銀座線の前身である東京地下鉄道です。同社は1927(昭和2)年の開業にあたり日本初の自動改札機を導入しました。

 運賃の10銭白銅貨を直接投入し、十字のバーを押して回るターンスタイル式と呼ばれる機構でしたが、1種類のコインしか判別できないという問題がありました。通常であれば5銭になる小児運賃を設定できないので、ターンスタイルの下を通れる小児は無賃、頭がバーに当たるようになったら大人扱いとして運賃を収受する規則としたのです。

 しかしバスの初乗り運賃が5銭、市電の運賃が7銭均一の時代に、わずか2kmの路線が10銭では乗ってもらえません。やむなく5銭、10銭の2区間に改定し、1930(昭和5)年にターンスタイルは撤去されてしまいました。

 昭和の時代はともかく、子どもの数が減少した現代において小児運賃を大幅に割引しても業績への影響はほとんどありません。小田急は減収見込みを約2.5億円としていますが、これは定期外収入の0.3~0.4%に過ぎません。子育て世代の誘因とともに、親と電車で出かける機会が増えれば、むしろ十分にお釣りがきます。運賃政策はまだまだ様々な可能性がありそうです。