わずか2路線で消えた「幻のモノレール」なぜ不遇の結末に? 最高120km/h、鉄の車輪で挑んだ“夢の技術”

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60年前に相次いで開業したものの、今では消滅した「ロッキード式モノレール」。航空機メーカーが開発した意欲作でしたが、なぜ2路線のみで終わってしまったのでしょうか。

不遇だった「ロッキード式」

 60年前の1966(昭和41)年は、4月に小田急電鉄向ヶ丘遊園モノレール、5月に姫路市モノレールという、この2路線しか建設されなかった希少な規格のモノレールが相次いで開業した年です。その名は「ロッキード式モノレール」。アメリカの航空機大手ロッキード社と川崎重工業グループがモノレール事業への進出を目指して開発した意欲作でした。

 両路線はすでに存在しません。向ヶ丘遊園モノレール線は、同社が経営していた遊園地「向ヶ丘遊園」と向ヶ丘遊園駅を結ぶアクセス路線でしたが、2000(平成12)年に営業を休止し、翌年正式に廃止。向ヶ丘遊園も2002(平成14)年に閉園しました。

 姫路市モノレールに至っては、1966年に開催された「姫路大博覧会」のアクセス路線として建設されるも、会期が半分以上過ぎてからようやく開業。終了後は利用が全く伸びず、開業からわずか8年後の1974(昭和49)年に廃止されていました。

 不遇のロッキード式ですが、その技術は決して低いものではありませんでした。むしろ鉄道関係者はシステムとしての完成度、可能性は高く評価していたといいます。ロッキード式はどのような仕組みで、他のモノレールとは何が違ったのでしょうか。

 ロッキード式モノレールは、ロッキード航空機が企画、創案し、川崎グループを中心とする日本企業が開発しました。両陣営は1961(昭和36)年に「日本ロッキード・モノレール社」を設立し、売り込みに励みました。

 最大の特徴は、鉄輪と鉄レールで走行する点にあります。1950年代末にモノレールは未来の交通機関として世界的なブームになりますが、その主流はゴムタイヤでコンクリート桁を走行する「アルヴェーグ式」でした。

 都市交通においてゴムタイヤ駆動は多くのメリットがあります。ゴムタイヤは騒音が小さく、乗り心地が良い。また粘着係数が高いため加減速性能に優れるとともに、最大250パーミルの急坂も上れます。現役路線は跨座式、懸垂式ともゴムタイヤを使用していることからも優位性は分かるでしょう。そんなゴムタイヤのモノレールに対し、ロッキード式は全く異なるアプローチで戦いを挑みました。

ロッキード式の特長

 ロッキード式は「モノレール」の名前通り1本のレール上を走りますが、そのままでは倒れてしまいます。そこで上から駆動輪、左右から上部安定輪、計3つの鉄輪でしっかりレールを掴みます。

 これではまだ車体が左右に振れてしまうため、コンクリート桁の両脇にサイドレールを設置し、車体下部のトーションバーに設置した下部安定輪とかみ合わせます。つまり車両と桁は3つのレール、5つの鉄輪で接しています。

 あえて鉄輪を採用したのは、ゴムタイヤにもデメリットがあるからです。10t以上の荷重に耐える鉄輪に対し、ゴムタイヤは1輪あたり5t程度が限界なので、定員が限られてしまいます。タイヤの空気圧を常に調整する手間があり、パンクや破損の可能性もあります。粘着係数が高いと走行抵抗が増加するため、消費電力が増加し、高速運転も困難です。

 ロッキード式は鉄輪のメリットを最大限活かすとともに、技術開発でデメリットを克服しようと考えました。空気バネとオイルダンバー、ローリング防止装置を組み込んだボルスタ付きボギー台車を採用するとともに、鉄輪は内部にゴムを埋め込んだ弾性車輪を用いて走行時の騒音と振動を緩和しました。

 また、当時のアルヴェーグ式は1m近い直径のタイヤを使っていたため客室内にタイヤハウスが大きくはみ出していましたが、ロッキード式の駆動輪は直系610mmと小さいため客室の床をフラット化。鉄輪の大きな負担荷重と合わせて、鉄道に匹敵した輸送力を実現しました。

 ロッキード式にはいくつかの標準規格がありますが、都市交通向けの「標準II型」は15m車体で1両あたりの定員は先頭車120人(最大226人)、中間車104人(最大220人)、10m車体で1両あたり定員80人(最大120人)の東京モノレール100形と比較して格段に大きな輸送力を備えていました。

 また、都市近郊輸送を想定した「標準I型」は、特急形車両レベルの最高速度120km/h、最大12両運転(編成長約160m)が可能な設計でした。このことから、既設線の上空にモノレールを建設し、輸送力を増強するという用途も考えられていました。

 姫路市がロッキード式の採用を決定した1963(昭和38)年の記事を見ると、「路線の立地条件、車両性能の特質などあらゆる観点から検討」した結果と記されています。興味深いのは、実際に導入された車両は「標準II型」ですが、記事には「標準I型」の数値が記載されていることです。

 姫路市モノレールはわずか1.6kmの路線でしたが、将来的に延伸し、広大なネットワークを整備する構想があったことから、高速運転を念頭にロッキード式を選択したと思われます。

 一方、向ヶ丘遊園モノレールはさらに短い1.1kmでその性質上、高速運転も大量輸送も必要ありません。ではなぜロッキード式を選択したかというと、建設費が安かったからといわれています。ロッキード式は航空技術を応用したアルミ合金製の軽量車両を使用するため、桁の負担が少なく、支柱の間隔を広げられます。その分、安上がりというわけです。車両は試作車を購入して使用したことからも、コスト削減の意図が強かったことがわかります。

 結局、ロッキード式の特性を発揮できる舞台はついに現れませんでした。2路線に限らず、当時の国内モノレール計画に採用するには、あまりにオーバースペックでした。コストをかけてレールを3本使ってまで走らせる列車はなかったのです。日本ロッキード・モノレールは1970(昭和45)年に解散し、ロッキードは事業から撤退。川崎グループはゴムタイヤ方式の共通規格「日本跨座式」に転換しました。

 その後、日本のモノレール整備は「都市モノレール」に特化していきます。高速運転の必要はなくなり、輸送力の問題もアルヴェーグ式の改良で解決しました。ロッキード式は、それとは異なるモノレール像を模索した、ひとときの「夢」だったのかもしれません。