2010年、日本の在来線最速となる160km/hを掲げた京成電鉄の「スカイライナー」新AE形が登場しました。それから15年、京成は新型特急車両の開発に着手したことを発表。ここで、在来線最速特急を振り返ってみましょう。
成田山への参詣列車として登場
京成電鉄はその名の通り、東「京」と「成」田を結ぶことを目的に誕生した鉄道会社です。当初の主眼は成田山新勝寺の参拝客輸送であり、1952(昭和27)年に登場した最初の有料特急「開運号」は上野公園(現・京成上野)~京成成田間を運行。使用された1600形電車は、簡易リクライニングシートや日本初のテレビを搭載した豪華車両でした。
1972(昭和47)年に空港アクセス特急「スカイライナー」用にAE形(初代)を製造します。制限速度の上限で常に走れるように定速度運転機能を備えた高性能電車で、線路改良も行ったことで、京成上野~成田空港間を60分で結びました。転換式クロスシートはレザー張りで、高級感がありました。
しかし、空港建設の反対運動により「スカイライナー」としての運行開始は1978(昭和53)年にずれ込みます。AE形は、当時の成田空港駅の位置の悪さで苦戦するも、荷物置き場の拡大や公衆電話の設置、1988(昭和63)年からのリクライニングシートへの換装など、改良を続けながら1993(平成5)年まで活躍しました。
1990(平成2)年には新型のAE100形が投入されます。都営浅草線経由で羽田空港に乗り入れることも想定した貫通型前頭部の車両で、座席間隔はAE形の970mmから1040mmに拡大。フットレストも付いた快適な車両でした。成田スカイアクセス線の開業により運用を縮小し、2016(平成28)年に引退しました。
2010(平成22)年、成田空港への距離を大幅に短縮する成田スカイアクセス線の開業に向けて、京成は新しい「スカイライナー」を登場させます。それが新AE形です。成田スカイアクセス線内では、在来線で日本最速となる160km/h運転が計画されていたことから、それまでにない車両が必要となったのです。
車両やロゴのデザインには、ファッションデザイナーの山本寛斎氏を起用。外観のテーマはスピード感を意識した「風」としています。前頭部は、空力特性を考慮したノーズが長い流線形。前照灯は4灯としました。
高速運転に備えて、京成で初めてアルミ車体を本格採用。側扉は気圧変動を軽減するために室内側からシリンダーで押し上げる機能を備え、空調装置の給排気口にシャッターを設けています。
新型導入で気になる新AE形の今後
内装のテーマは、公共空間への知的な配慮や透明感・優しさを意識した「凛」です。客室内はドーム型天井で開放感を演出。AE100形の倍の数の蛍光灯で照度を確保しつつ、間接照明で落ち着いた空間を実現しています。床には日本の伝統を取り入れ、市松模様が描かれました。
座席間隔は1050mm、座席幅は470mmとなり、AE100形の1040mmと450mmよりもゆとりが生まれています。また、鉄道座席として初めて新素材の「バネックス」を採用し、底つき感のない座席を実現。座席下の暖房ヒーターは吊り下げ式にして脚部も細くすることで、足元の空間を拡大しています。
座席鉄の筆者(安藤昌季:乗りものライター)としては、背もたれがやや固めで形状が直線的なものの、座席間隔や幅は満足でした。折り畳みテーブルや網ポケットなどが備えられ、1時間以内の乗車時間としては充分な座席と感じました。
空港アクセス特急なので各車両に荷物置き場があります。新AE形は、AE100形の2倍のスペースが確保されています。
日暮里~空港第2ビル間の乗車時間は36分と短いものの、4号車にはフリースペースとしての「サービスコーナー」が設けられ、カウンターと飲料自販機が設置されています。
新AE形は、朝夕の京成本線経由の「モーニングライナー」「イブニングライナー」、臨時列車「シティライナー」としても運行されています。
なお、京成は新型の特急車両を2028年度に導入し、押上~成田空港間で運行すると発表しました。新AE形より控え目の流線形の車両イメージが示されています。どのような運行形態となるのか、国内在来線最速の160km/h運転は受け継がれるのか、京成の次の手が注目されています。