水俣病、最終解決遠く=5月1日、公式確認70年

AI需要 電子部品の需給ひっ迫へ

 水俣病が1956年に熊本県水俣市で確認されてから1日で70年となる。同日行われる犠牲者慰霊式に先立ち、石原宏高環境相は30日、同市内で被害者団体との懇談に臨み、「水俣病対策の前進に一層取り組んでいかなければならないと新たに決意した」と述べた。
 水俣病の認定を求める声は後を絶たず、全ての被害者を救済し、地域間の分断を解消する「最終解決」にはほど遠い。水俣病被害者・支援者連絡会の山下善寛代表(85)は「70年たっても水俣病は終わっていない。なぜだろうと、環境省や熊本県は考えたことがあるのか」と問いただした。
 水俣病は、同市の「日本窒素肥料(現チッソ)」の工場から流れ出たメチル水銀が蓄積した魚介類を住民が食べて発症した。73年に成立した公害健康被害補償法(公健法)に基づき、今年3月末までに熊本・鹿児島両県では2284人が患者と認定された。
 その数は申請者の1割にも満たない。未認定患者に一時金を支給するなどした過去2度の政治解決で5万人超が救済されたが、対象者の「線引き」を巡る訴訟は今も各地で続く。
 環境省は、2024年に職員が被害者団体の発言を遮った「マイク切り」問題を受け、実務者協議を開始。水俣病対策の前進を掲げ、政治解決の対象とされた被害者の療養手当増額などを実現した。しかし対象拡大の議論は平行線のままだ。 
〔写真説明〕水俣病の被害者団体との懇談会で発言する石原宏高環境相(左奥から2人目)=30日午後、熊本県水俣市
〔写真説明〕石原宏高環境相らと懇談する水俣病被害者団体(右)=30日午後、熊本県水俣市