一級建築士・既婚者…華麗なキャリアから純烈弟分「モナキ」に転身 サカイJr.、決断の裏にあった深いワケと確固たる信念【インタビュー連載Vol.3】

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【モデルプレス=2026/04/28】純烈の弟分グループ「モナキ」のインタビュー連載。Vol.3はサカイJr.(さかいじゅにあ/37)の過去から現在に繋がる思いや夢を叶える秘訣などを聞いたソロインタビュー。【モデルプレスインタビュー連載Vol.3】 【写真】TikTok大バズで社会現象になった純烈の弟分グループ ◆純烈の弟分「モナキ」 モナキは、純烈リーダー・酒井一圭プロデュース「セカンドチャンスオーディション」の応募者約1000人の中から選ばれたメンバー中心に構成された平均年齢33歳の4人組グループ。モデルプレスでは、4月8日「ほんまやで☆なんでやねん☆しらんけど」でデビューを果たしたばかりの彼らにインタビューを実施し、5日連続でグループ&ソロインタビューを配信。活動への思い、そして「夢を叶える秘訣」に迫った。 ◆サカイJr.、華麗な経歴から未知の挑戦を決断した理由 ― 大手鉄道会社に勤務しながら一級建築士の資格を取得するなど、華麗な経歴に驚きました…! サカイJr.:大学生の時から、人がワクワクする顔を見ることがモチベーションとしてありました。自分が最初に鉄道会社に入ったのが15年近く前になるのですが、駅ナカができて、移動する人以外にも何か買い物をする人とかもいて、駅というものがすごく人が集まる空間になり始めていた少し後くらいの時期だったんです。その駅でおもしろい空間やサービスを提供できれば、多くの人をワクワクさせられるのではないかという思いで、最初は鉄道会社に入りました。 その後に鉄道の用地以外で自分に何ができるかを考えて、不動産会社に入って再開発業務をしていたのですが、会社の資産を使ってできるワクワクする空間作りなどは、自分が35歳くらいのタイミングで一通りやらせてもらったなと思って。今度は一個人として目の前のお客様をワクワクさせられないだろうかとふと思っていた時に、ちょうどSNSで「セカンドチャンスオーディション」の案内が流れてきて、応募に至りました。 ― これまでのキャリアとは全く異なる世界への挑戦をする怖さはありませんでしたか? サカイJr.:キャリアを捨てるという感覚はあまりなかったです。建築や街作りを組織の中で行ってきたけど、個人としてどういうことができるかというところがまだ自分は弱いんじゃないかと思っていたところ、今回の「セカンドチャンスオーディション」への挑戦に至ったので、この挑戦で個人の表現力や伝える力が伸びれば、キャリアを捨てるのではなくて、これまで培ってきた強みをさらに伸ばしていけのではないかという期待を込めていました。 ― 素晴らしいです。私が自分に置き換えた時、給料などの変化の可能性もあるので、決断できないかもしれないです…。 サカイJr.:リアルなお話ですね(笑)。それで言うと、実はもう1個自分の中では思いがあって。東京建物という不動産会社にいて再開発を行っていたのですが、その時にメディアアーティストの落合陽一さんと一緒に、会社の中でどうAIを活用していけるかというワークショップをしたんです。AI自体は今後もとんでもないスピードで浸透していくと思うのですが、そうなるとデジタルの内容がすごく飽和してしまって、デジタルの価値が落ちていくんじゃないかと個人的に思って。そうなった時に、リアルで会って何かを提供したり、熱量の交換をしたりするアナログの価値がどんどん上がっていくのではないかと思ったんです。金銭的なことも含めて不安はもちろんあったのですが、今後の未来に向けた、より価値があることへの挑戦が自分の中にも軸としてあったので、踏み込めたのかもしれないです。 ― すごくかっこいいです。未来を見据えた選択だったのですね。 サカイJr.:そうなればいいなと思っています! ◆サカイJr.、家族からのサポートに感謝 ― プロフィールに既婚者ともありますね。 サカイJr.:そうですね。あまり肩書きみたいなものは関係ないのかなと自分の中で思っているところがあって、どちらかというと今回のセカンドチャンスをどう頑張るかみたいなところに、自分の人生を投影していただけたら嬉しいなと思います。37歳のおじさんが、ちょっとトンチキな歌をがむしゃらに歌って踊って、今までやったことのないことにいきなり挑戦して、失敗するかもしれないけれど、なんか楽しそうに頑張っているという人生模様を楽しんでもらえるんじゃないかなと思いました。もちろん家族にも相談はしましたが「選んだ道は応援するよ」と言ってくれています。 ― 素敵です。周囲もサポートしてくださっているのですね。 サカイJr.:みんなサポートしてくれているのですが、やはり両親に対して親孝行したい気持ちがすごく強いです。生まれがテキサス州で、父親は仕事をすごく頑張ってくれていてビジネス面で尊敬していますし、母親は無償の愛で育ててくれたので、お互いへのリスペクトがあるのですが、これまでの会社員の仕事は、再開発なんて10数年かかることもありますし、実は両親に見えづらい仕事でした。ただ「モナキ」という仕事を始めてから、モデルプレスさんを含めていろんな媒体さまに呼んでいただくなど、自分が両親の目に触れる機会が増えたんです。今までは両親から月に1回連絡があったくらいだったのが、今では毎日連絡があって。両親もすごく喜んでくれているのがわかりますし、まだ親孝行にはなっていないと思うのですが、息子が頑張って楽しくやっているよというところが見せられていることが、心の支えになっています。 ◆サカイJr.「すごく悔しかった」一級建築士取得したきっかけ ― モデルプレスの読者の中には今、さまざまな不安を抱えている読者がいます。そういった読者に向けて、サカイJr.さんのこれまでの人生の中で「悲しみを乗り越えたエピソード」もしくは「怒りを乗り越えたエピソード」を教えてください。 サカイJr.」おそらく怒りという感情がちょっと欠落しちゃっているんですけれども…。記憶をたどると、小学校3年生くらいの時に一輪車が流行って、お昼休みにみんなが一輪車をやりたい時期があったんです。授業が終わったらみんなダッシュして一輪車を奪い合う毎日が続いたのですが、自分が一輪車を確保できた時に友だちと喧嘩っぽくなってしまった時があって…。その時に、限られたお昼休みがあまり生産性のない言い合いで終わってくことに、小学生ながら意味のなさを感じて、そこから怒りという感情があまり芽生えなくなっちゃいました。 ― 小学生でそこに気づけたのは大人すぎますね。 サカイJr.:まぁその話は置いておいて(笑)。自分がすごく悔しかった瞬間がこの37年で1番強かったのが、鉄道会社に入社したばかりの時です。自分は大学院を卒業してから鉄道会社に入社したのですが、最初にとある駅ビルの会社でリニューアルの仕事をすることになったんです。自分は、立場としてはお金を出す施主さんなのですが、知識としては新入社員なので、大学院で学んだ知識しかない状態。その時に、設計会社の人から「何もわかっていないね」みたいなことを、もっと汚い言葉でオフィス中に声が轟くくらい言われることが何度かありました。その時はさすがに悔しさがすごく芽生えて、その設計会社の人が二級建築士だったので、この人とお話をしていくためには自分が一級建築士の資格を取るしかないなと思いが変わったんです。 自分がその人を超えていかないと言い合いをしても意味がないし、仕事は尊敬と尊敬の重なり合いで上手く循環ができていくと思っているので、勉強して頑張ったんだよということが相手に伝わって、少しでも自分が尊敬してもらえれば、もっといい仕事がしていけるんじゃないかという思いで、猛勉強をして一級建築士の資格を取りました。1年間はひたすら言われるがままだったのですが、裏ではひたすら勉強していたので、この経験が自分の中では悲しみを乗り越えたエピソードかなと思います。 ◆サカイJr.の夢を叶える秘訣 ― 着実に夢を叶えてきたサカイJr.さんの「夢を叶える秘訣」を教えてください。 サカイJr.:これは明確にあります!今自分は本来死んでいるけど、もう一度チャンスをもらってやり直していると思うことです。僕が信じている概念みたいなものになるのですが、死ぬ時に「あの時ああしておけばよかったな」と強く思った自分が、その願いが叶って、ラスト1回だけやり直せるチャンスを与えてもらっていると考えるようにしています。夢がある人は、絶対にその夢が自分の寿命を迎えるときによぎってしまうと思うんです。そうなったら、今が過去に戻ってきて1番早いタイミングなので、成功するかは別として、今から頑張ればそこで頑張った経験が絶対に何かには活きると思っています。 僕も、会社員をやっていた自分が今こうやっておもしろがっていただけていたり、その時はがむしゃらに頑張っていたことが後になって違う光を輝き出したりするので、夢を持っている方は是非人生をやり直している気持ちで、がむしゃらに追い求めた方がいいかなと思います! ― 素敵な考えです。読者にもすごく刺さると思います! サカイJr.:よかったです。(読者に向けて)もし悩みがあったらリアルイベントに来てお話を聞かせてください! ― ありがとうございました! (modelpress編集部) ◆サカイJr.プロフィール 1988年12月8日生、アメリカ・テキサス州生まれ東京都育ち、B型、182㎝、メンバーカラーはブルー 父親の仕事の関係で幼少期をアメリカで過ごす。建築や都市計画に興味を持ち、千葉大学工学部大学院を首席で卒業。卒業後は大手鉄道会社に勤務しながら一級建築士の資格を取得。建築士として駅舎や駅ビルの開発を担当し、鉄道建築の分野で高い評価を受け、受賞歴も持つ。その後、大手デベロッパーに転職し、再開発事業に携わるも幼い頃から抱いていた表現者になりたいという想いを捨てきれず、「セカンドチャンスオーディション」に応募。順調なキャリアに区切りをつけ、未経験から本格的に歌とダンスレッスンをスタート。既婚者。特技はプレゼン、ジャグリング。 【Not Sponsored 記事】