青い「北斗星の機関車」が南国で孤軍奮闘! たかがナンバープレート、だがしかし…「しっくりくる」姿に思わず感嘆 日タイ技術者が奔走

犬・猫の15歳、人間では何歳?

日本からタイに渡った2両のDD51形ディーゼル機関車が、日本人有志の手によって現役時代の姿を取り戻しつつあります。その一環として、国鉄時代の文字を再現したナンバープレートが製作され、現地でお披露目されました。その製作は、一筋縄ではいかないものでした。

廃車になりかけていたDD51

 日本で活躍した鉄道車両は、役目を終えたあと海外へ譲渡され、遠い異国で第二の人生を歩むことがあります。北海道からタイに渡った2両のDD51形ディーゼル機関車もそのケースです。

 2両のDD51は1137号機と1142号機。鮮やかな青に金帯の北斗星色をまとった両機は廃車後に輸出会社経由でタイへと渡り、タイ国鉄ではなくインフラ整備会社「AS社」所有の建設機械の一つとして、国鉄路線の整備と複線化工事に従事しています。

 しかし両機は輸出業者に売却されただけで、アフターサービスだけでなく、整備と運転マニュアルや図面もなく、日本語で書かれていたパネルやスイッチ類は、タイ語に翻訳されておらず、ことばの意味と操作方法は、AS社のエンジニアが手探りで把握する必要がありました。

 DD51形がAS社へ納入された数日後、タイ在住鉄道ファンの木村正人さんが、AS社の車両管理を担当していた技術者のソンウッドさんに翻訳を依頼されました。木村さんはDD51形を担当した日本の技術者に教えてもらいつつ、タイ語オペレーションマニュアルを作成しました。

 同じ頃、木村さんのSNS投稿をきっかけに、日本の鉄道ファンの吉村元志さんが訪タイして、木村さんとともにAS社のDD51形を見学します。そこでソンウッドさんや社員から、両機の調子が悪いので「どうにかできないか」と相談を持ちかけられ、それならばと吉村さんがクラウドファンディングを思いつき、木村さん、整備経験がある辛嶋隆昭さん、北海道出身の小林涼太郎さんが加わり、支援メンバーの原形が誕生しました。

 支援活動は「TEAM51」プロジェクトとして具体化し、クラウドファンディングによって資金調達を実施しました。2019年の第一回支援活動では、両機の現状把握と確認点検、エンジン調整などを実施し、息を吹き返したように調子が良くなりました。

 以後はコロナ禍の障壁を乗り越え、オンラインによる不具合診断、図面や技術書の提供、調達困難な部品の確保といった整備環境をサポートし、メンテナンスではAS社社員へ的確なアドバイスと日々の点検などを教え、現地での整備と指導を毎年実施してきました。その詳細な模様は、乗りものニュースの過去記事で紹介しています。

 2026年2月23日のタイは乾季まっただ中です。国鉄南本線ノンプラドック駅構内外れには、2両のDD51が南国の陽光を目一杯浴び、特に1142号機は再塗装直後で、汚れ一つのない鮮やかな青い車体を輝かせています。気温35℃の酷暑の昼間、照りつける太陽がジリジリと肌を刺すなか、1142号機の先頭部はシートが被さります。メンテナンス途中ではなく、クラファン出資者に対して除幕式が行われるのです。

新ナンバープレートをお披露目

 シートが外され、新しいナンバープレートがお披露目されました。この日はクラファンリターンツアーによるDD51見学体験日で、参加者は酷暑にもめげずに撮影と1142号機の乗車体験に歓喜の声を上げています。新しいナンバープレートは国鉄時代の表記を模したもので、より現役時代に近付きました。

「支援者の一部からナンバープレートを再現したいとのご意見を当初からいただいていました」と吉村さん。AS社の責任者は、日本人鉄道ファンに喜んでもらおうとDD51 1142と1137のナンバープレートを以前に製作したものの、予算が無かったために国鉄に似せたものを作るのが精一杯でした。TEAM51ではAS社に敬意を表し、5年間そのナンバープレートにしていました。

 新たなクラウドファンティングは、作業に従事してくたびれてきた両機を再塗装するもので、セカンドゴールとして、AS社の許可を得てから国鉄時代を模したナンバープレートを新製するに至ったのです。

 プレートの文字は国鉄の各工場で手作業によって製作されたため、仕上がりに個体差がありました。そこで、廃車されたDD51のナンバープレートを実測し、他形式の国鉄機関車も参考にしたものの、数字の間隔など個体差があり、一筋縄には製作できませんでした。

 ナンバープレートは機関車の一部分に過ぎません。が、見慣れた字体になるとなぜかしっくりとくるもので、機関車の容姿にとって大事な要素でもあります。今回の製作は日本国内ではなくタイです。日本とタイとで図面の連絡が行き交うことになり、これからどうやって製作に取り組んでいくか、木村さんは悩みました。

「参考図面・加工業者・サポート人材は揃っていましたが、初めてのことなので現地でどのように完成させるか。この点が苦労しました」

 木村さんは語ります。ソンウッドさんが現地アドバイザー協力となり、ナンバープレート製作はタイ国鉄車両にも関わる業者が担当します。日本で用意された設計図面は、加工業者向けの図面ではないので、木村さんはタイ語翻訳と併せて業者向けへ図面を再調整して、図面と指示書を完成させました。

 木村さんは技術者ではないものの、自動車部品製造販売会社に勤務していた経験を活かし、図面を読むことや仕上がりについてはある程度理解できます。とはいえ図面を引けないので、指示は容易ではありませんでした。

「見慣れた字体」が試行錯誤を経て復活

 現地業者は果たして正確に理解できるのか。そのためには、どのように情報を伝えるべきか。当初は手探りの状態でしたが、辛嶋さんがナンバープレートの実寸を計測して、図面の読み方をアドバイスし、日本側からもサポートの手が届きます。

 そして、PowerPointの作図と指示書、写真、手書き図面を組み合わせて発注する方法を採用。その際に、日本ではよくあるような曖昧な表現や情報を排除して、必要な情報を整理して提示し、あとは加工業者を信頼しました。

 しかし、これで解決とはなりません。懸念であったのは、鉄板プレートとステンレス製の切り抜きナンバーの組み付けです。日本の機関車はボルト留めをする設計ですが、今回の支援事業では予算の制約があり、この方法が難しい状況でした。

 異素材同士の接着は、走行中の脱落危険性をはらみます。それは絶対に避けなければなりません。辛嶋さん、ソンウッドさん、加工業者のアドバイスをもとにリスク検討し、最終的に溶接技術を信頼し、溶接による組み付けを採用しました。

 ナンバープレートの完成は約1か月。待ち遠しい日々が過ぎ、TEAM51に完成品が渡ると、ミスもない美しい仕上がりに多大なる安心感を得られました。下準備から発注まで慌てずに試行錯誤を重ね、こうして国鉄時代を彷彿させる逸品が仕上がったのです。

 1142号機は先行して再塗装作業に入り、ナンバープレートも取り付けられました。炎天下でのお披露目の瞬間、ツアー参加者から感嘆の声が上がりました。慎重に製作されたナンバープレートは、我々日本人にとって見慣れた字体であり、1142号機の正面と側面で銀色に輝く国鉄時代を彷彿とさせるプレートは、北海道で活躍していた姿を連想させました。

 かたや、1137号機はまだAS社仕様のナンバープレートで、再塗装も実施されていません。両機の色は「青20号と青15号くらい違いますが(笑)」と吉村さん。同時に作業できなかったのは、旧泰緬鉄道であるナムトック線の線路工事に1137号機が充当され、工期が延長されたため、やむなく1142号機を先行させて作業したです。

 1137号機は「戦場にかける橋」ことクウェー川鉄橋や、木橋のタムグラセー(アルヒル)桟道橋を走行して話題となりました。一方で再塗装作業が大遅延し、TEAM51は調整作業に悩まされました。両機の再塗装とナンバープレートお披露目は叶いませんでしたが、1137号機は再びナムトック線の工事作業に従事した後、再塗装作業とナンバープレート交換へと入りました。1137号機は4月2日に無事作業を終了し、両機は再び美しい姿で肩を並べています。