カナダの航空最大手エア・カナダのCEOが辞任を表明しました。直前に起きた旅客機事故ではなく、事故後の声明で「フランス語をほとんど話さなかったこと」が引き金でした。背景にはカナダの社会の特殊性があります。
辞任理由は事故でなく、スピーチの言語
カナダの航空最大手エア・カナダは2026年3月30日、マイケル・ルソー最高経営責任者(CEO、68歳)が2026年9月末までに辞任する意向を表明したと発表しました。
同社を巡っては、3月22日にリージョナルジェット機CRJ900型で運航する東部モントリオール発ニューヨーク・ラガーディア空港行きのエア・カナダ・エクスプレスAC8646便が着陸した際に消防車と衝突し、機体が大破してパイロット2人が死亡し、乗客ら数十人が負傷する事故が起きました。
しかし、航空機追跡サイト「フライトレーダー24」の公式SNSアカウントが公開した事故時の飛行データと航空管制の音声記録によると、AC8646便が着陸した滑走路を横断していた消防車に対し、管制官が衝突直前まで「止まれ!止まれ!止まれ!(STOP! STOP! STOP!)」と警告していました。事故の原因はアメリカ運輸安全委員会(NTSB)が調査を進めていますが、航空業界関係者は「状況をみると、管制官の指示に反して消防車の滑走路横断が原因になったのはほぼ間違いないだろう」と指摘します。
ルソーCEOが辞任に追い込まれる引き金となったのは事故ではなく、事故翌日の3月23日に公開した動画声明でした。しかも犠牲者と遺族らへの弔意や事故後の対応などを告げたメッセージの内容ではありませんでした。
それは声明でカナダの公用語であるフランス語を使ったのが冒頭の「ボンジュール(Bonjour)」(こんにちは)と末尾の「メルシー(Merci)」(ありがとう)の2つの言葉だけで、あとは全て英語だったことが強い批判を浴びたからでした。
カナダのマーク・カーニー首相は、ルソー氏のメッセージについて「判断力の欠如」と「思いやりの欠如」を示していると舌鋒鋭く批判。ルソーCEOは3月26日に出した声明で「数年間にわたって多くのレッスンを受けてきたが、残念ながらいまだにフランス語で十分に自己表現できない」と釈明したものの、辞任表明に追い込まれました。カーニー首相はこの判断を「適切だ」と評し、容赦ありませんでした。
ただ、英語もフランス語とともにカナダの公用語であり、動画には英語とフランス語の字幕が付けられていました。フランス語がほとんどできないという理由で責任を問われるのには、カナダ社会の特殊性があります。
フランス語公用語の地域で10年以上生活した敏腕経営者
ルソー氏はエア・カナダの最高財務責任者(CFO)だった2017年に賞「カナダ・CFOオブ・ザ・イヤー」を受け、2021年2月のCEO就任後は新型コロナウイルス禍からの業績回復を指揮するなど、経営者としては高く評価されてきました。
全日本空輸(ANA)と同じ航空連合「スターアライアンス」に加盟するエア・カナダの競争力を向上させるため老朽航空機の置き換えに積極的で、ボーイングの小型機737MAXや、エアバスの航続距離を伸ばした小型機A321XLRなどの導入を推進。2026年2月には国際線拡大に向けてエアバスの大型機A350-1000型8機を確定発注し、8機の購入権を結んだと発表しました。
収益性の高いビジネスクラス「シグネチャークラス」の利用促進に向けたサービスも進めてきました。日本とカナダを結ぶ路線では、グルメ本「ミシュランガイド・トロント」で2025年まで4年連続一つ星を獲得しているカナダ最大都市トロントの懐石料理専門店「Kaiseki Yu-zen Hashimoto(懐石遊膳橋本)」のオーナーシェフ、橋本昌樹氏が監修する日本食メニューを2025年3月から提供しています。
そんなルソーCEOのアキレス腱は、フランス語が苦手だということでした。ルソー氏は英語だけを公用語に定めている東部オンタリオ州の出身です。
ただし、エア・カナダにはカナダ連邦政府の公用語法が適用されるため、英語とフランス語の両方で同等のサービスを提供することが義務付けられています。機内の安全ビデオは英語とフランス語で順番に説明され、両方に対応できる客室乗務員がいます。
しかもエア・カナダが本社を置くモントリオールのある東部ケベック州は、1977年に成立したフランス憲章でフランス語だけを公用語に定めていました。
ルソー氏はCEO就任直後の2021年に、10年超もモントリオールに住みながらフランス語を話さずに生活できたことに、ある種の誇りを感じていると発言したと報じられています。
アメリカ駐在中を中心にケベック州を10回以上訪れてきた筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)は、この報道に驚きました。大学時代にフランス語を学んだ筆者は相手に応じて英語もフランス語も使いますが、特にケベック州でモントリオールに次ぐ第2の都市の州都ケベックシティではフランス語ができないと買い物もおぼつかないのが実情だからです。
フランス語尊重の背景
しかしながら、カナダ全体で見るとフランス語を主に話す人は20.2%にとどまり、英語の56.6%を大きく下回ります。計13の州・準州で見ると、フランス語だけを公用語とするケベック州のほかに、英語とフランス語の両方を公用語としているのは東部ニューブランズウィック州、北西部ユーコン準州、ノースウエスト準州、中部ヌナブト準州にとどまります。
カナダ全体ではフランス語が英語に比べて劣勢なのは自明です。にもかかわらず、カナダ連邦政府がフランス語の使用を公用語法で義務付け、1982年憲法の「権利と自由に関するカナダ憲章」でフランス語系文化やフランス語の保護を定めてきたのはなぜでしょうか。
背景にあるのは、1971年に世界で初めて多文化主義を国策として採用するなど「多様性がカナダの強み」(駐日カナダ大使館のローリー・ピーターズ首席公使)という世界で見ると特殊な土壌があります。さらに、分離・独立運動が繰り広げられてきたケベック州をつなぎ留めることに腐心してきた連邦政府としては、重要な場面でフランス語を二言しか発しておらず“フランス語軽視”と受け止められかねないルソーCEOの発言を放置できなかったと筆者は受け止めています。
ケベック州は、フランス人の探検家サミュエル・ド・シャンプランが1608年に設けた植民地をルーツとします。イギリスとフランスのカナダを巡る抗争で1759年にイギリス軍によって占領され、1763年のパリ条約でカナダ全体がイギリス領となりました。
それが1867年のカナダ連邦成立でケベック州となり、現在もフランス系カナダ人が多数派を占めます。カナダ政府の2021年の調査によるとケベック州では84.1%がフランス語を中心に使っており、英語とフランス語の両方とも流ちょうに話せるのは全体の46.4%と半分未満でした。
1995年にはケベック州のカナダからの独立を問う住民投票があり、反対が50.58%と賛成の49.42%を僅差で上回って残留しました。ただし、ケベック州には「独立志向を持っている住民が今もかなりいる」(州民)のが実情です。
ルソーCEOにとってさらに災いしたのは、亡くなったパイロットのうち1人がケベック州出身だったという事情もありました。ルソーCEOは動画メッセージへの批判を受けて「私がフランス語を話せないことが、ご遺族の深い悲しみや、ここ数日の出来事にもかかわらず卓越したプロ意識を発揮してくれたエア・カナダの従業員の力強い取り組みに対する注目をそらしてしまったことを深く悲しんでいる」と遺憾の意を示しました。
エア・カナダは2026年3月30日、取締役は後任のCEO候補を選ぶに当たって「フランス語でのコミュニケーション能力を含めたいくつかの業績の基準を考慮する」と明言しました。カーニー首相も「エア・カナダの次期CEOは(英語とフランス語の)バイリンガルであることが不可欠だ」と注文を付けています。