阪神電車の尼崎センタープール前駅の近隣にはいわゆる水泳の「プール」は存在しません。「プール」や「センター」は何を指すのでしょうか。
「センタープール」は開業当初から
阪神電車の尼崎駅から普通列車で西へ2駅の場所に、「尼崎センタープール前」という駅があります。
しかし駅周辺には、水泳用のプールはありません。それなのに、なぜこのような駅名なのでしょうか。
同駅の名前は、隣接する競艇場「ボートレース尼崎」にある大きなボート池に由来するといわれています。それなら「尼崎競艇場前」駅でもよさそうですが、1952年の開業以来、現在まで「尼崎センタープール前駅」という名称が使われています。
同駅は1952年、尼崎競艇場の開設に合わせて臨時駅として開業しました。その後、国道43号(第二阪神国道)建設に伴い廃止された阪神電鉄尼崎海岸線の補償措置として、1963年12月10日に常設駅となりました。
現在、尼崎センタープール前駅には普通列車のみが停車しますが、ボートレース開催日には急行などが臨時停車することがあります。
駅名にある「センタープール」は、ボート池と「ボートレース尼崎」の双方を指す言葉だとされています。また名称の由来については、「尼崎の真ん中に位置するから」「競艇では中央コース(センター)が強いから」「尼崎の「センター」にしたいという市長の意向」など諸説があります。
しかし、「センタープール」の由来については、市報などの一次資料から「街づくりの核(センター)」という説が現在も有力とされています。
尼崎市の地域研究資料館によると、『尼崎競走場40周年誌』に掲載された元尼崎市長・野草平十郎氏の談話では、現在のレース場周辺はかつて蚊の発生源にもなっていた湿地帯でした。
当時の市長は、この場所を掘削してレース場を建設し、その収益を戦後復興の財源とするとともに、掘り出した土で周囲の低湿地を埋め立てて開発するという壮大な構想を描いていたといいます。
「センタープール」という名称には、このレース場を核(センター)として、周囲に住宅地や文化施設を整備していこうという、当時の行政の思いが込められていました。
つまり駅名は、「尼崎競艇場を中心とした街づくり構想」から生まれたもので、「ここを尼崎のセンターに」という発想が由来だったと考えられます。
実はかつて「日本一」だった駅名
では、この名称は駅の開業のどれくらい前から決まっていたのでしょうか。
1952年3月の市報では、「レースのない日は少年少女のレクリエーションセンターとして活用する」という計画案が示されています。しかし、同年5月の市報ではすでに「センタープール」という呼称が使われています。
つまり、わずか数か月の間に、街の未来を象徴する名称として「センタープール」が定着し、それが駅名にも採用されたとみられます。
ちなみに「尼崎センタープール前駅」は、2009年3月20日に阪神なんば線の「ドーム前駅」が開業するまで、阪神電鉄で唯一カタカナを含む駅名でした。
また、駅名の表記10文字は、北総鉄道北総線・京成電鉄成田空港線の「千葉ニュータウン中央駅」と並び、日本一長い駅名とされていました。
さらに、読み仮名14文字という長さも特徴で、1988年7月1日に阿武隈急行線の「やながわ希望の森公園前駅」が開業するまで、日本一長い読みの駅名でした。
なお、かつては駅ホームから競艇場の水面が見える構造で、利用者が電車を待ちながらレースを観戦することもできたといいます。しかし現在は高架化されているため、当時のように見ることはできません。