1988年に登場したヤマハの異色スクーター「BW’S」。日本ではヒットしませんでしたが、海を渡ると30年以上続くロングセラーになりました。なぜBW'Sは数奇な運命をたどったのでしょうか。
時代に逆行? オフロード仕様の異端児スクーター「BW’S」誕生
1980年代前半から中半にかけてのスクーターブームを経て、同年代後半は各社ともに「落ち着いた外観」のスクーターを続々と発売しました。そんな時世の中、1988(昭和63)年にヤマハは前代未聞のスクーターを発売します。それが、オフロード車仕様の原付スクーター・BW’S(ビーウィズ)です。
BW’Sは、いかにもオフ車な横目2灯のヘッドライト、ファットなブロックタイヤを履いたモデルで、今なお一部に熱狂的なファンを持つ超個性派スクーターでした。
1980年代後半のスクーターブームが落ち着きを見せた時期に、どうしてヤマハがオフ車仕様の原付スクーターを発売したのか。これはあくまでも筆者(松田義人:ライター・編集者)の推測ですが、1980年代前半から続く「太いタイヤのバイク」「レジャーバイク・ファンバイク」への執念があったからではないかと思います。
「太いタイヤのバイク」と言えば、1971(昭和46)年に初代が発売され、1970年代のレジャーバイク・ファンバイクブームの中心的存在だったスズキ・バンバンが頭に浮かびますが、ブーム終焉とともに1970年代後半には姿を消していました。
他方、ヤマハはレジャーバイクブームの中で、ホンダやスズキほどのヒットモデルに恵まれなかった経緯があり、ぽっかり空いた「太いタイヤのバイク」を、1980年代以降、ここぞとばかりに続々とリリース。1984(昭和59)年発売のBW200、1985(昭和60)年発売のBW80、1986(昭和61)年発売のBW350など、いずれも「BIG WHEEL」を謳い、バンバンを彷彿とさせるバルーンタイヤを前後に履いたモデルでした。
このヤマハの「太いタイヤのバイク」の力の入れようを受けて、「先を越された、マズい」と思ったのか、ホンダも1986年にFAT CATという前後にバルーンタイヤを履いたモデルを発売しますが、ヤマハのBWシリーズ・FATCATともに著しいヒットには至らず、わずか数年で生産終了になった経緯があります。
こういった前段階がある上で、ヤマハが1988(昭和63)年に発売したのがBW’Sでした。先代のBWシリーズの冠を継承しながらも、その名のコンセプトは「BIG & WIDE」に変更。バルーンタイヤではないものの原付スクーターとしては前代未聞のファットタイプのブロックタイヤはインパクト十分の個性派でした。
また、初代発売の翌月には、このベースモデルをオンロード仕様にした「SPORTS」というタイプも登場。足回りは新開発のワイドなオンロードタイヤ。当時の日本ではそう知られていなかったモタード的な趣きでもあり、ヤマハの「時代の先取り感」を感じるモデルでした。しかし、時世に合わずヒットに恵まれずわずか数年で日本向けモデルは生産終了になりました。
これに前後して、台湾ヤマハがBW’S100、BW’S125として生産を継承。また、日本モデル発売の1988年当初より、BW’Sをフランス向けモデルに変えBoosterの名で製造を続けてきたフランスのヤマハ傘下のバイクメーカー、MBKも生産を続行し続けました。
“逆輸入”で何度も復活! そしてついに…
こういった変遷の中で、MBKは最終的に日本のヤマハから、BW’Sの金型を譲渡され改めてフランス仕様に改良し50cc、125ccがラインナップされました。すると、これが大ヒットとなり、以降30年以上続くロングセラーモデルになったほか、MBKにとっての代表車種の一つにもなりました。
これら海外での評価を受け、ヤマハでは1998(平成10)年に台湾ヤマハ生産のBW’S100を50cc仕様に変えて正規輸入し、日本向けモデルとして正式に復活させました。海外のバイクシーンで揉まれたBW’Sは、フロントの足回りがディスクブレーキのついたキャストホイール仕様となり、どちらかと言うと、オンロード寄りの随分と洗練されたモデルへと成長していました。
しかし、このBW’S100もヒットに至らず数年で販売終了に。以降もまた、「海外では絶大な支持を得ているのに、日本ではウケない」というBW’Sの宿命が続きます。しかし、2000年代後半にインポーターのプレスト・コーポレーションが、台湾ヤマハから125ccモデルを輸入販売しました。一部ファンの間でのBW’Sへの火は消えることがなかったのです。
そして、2012(平成24)年に再びヤマハが正規にBW’Sを復活させます。四輪で定着したワードを使い、「SUV感覚」を謳ったモデルで、50cc・125cc双方をラインナップ。このうち、125ccモデルは、2023年まで生産が続き、ようやくBW’Sの素晴らしさが日本人ユーザーにも評価されたことを示す結果となりました。
現在も台湾ヤマハが、ZUMA125の名で主にアメリカ仕様を生産し続け、今年は待望の2026年モデルが発売されました。また、フランスのMBKもBoosterを発売し続けていましたが、2023年には電動バイク版のBOOSTERおよびBOOSTER Easyを発売。電動バイクでも若干太めのタイヤを履いたモデルで、MBKにとって「Booster」という名称とモデルコンセプトがいかに大切なものであるかが伝わってきます。
ここまでを振り返ると、ヤマハが日本市場で何度も諦めたBW’Sが、海外で評価を受け日本に帰ってきたと考えれば、やはり当時の開発者たちの熱い思いや先見の名は意義あるものだったと痛感します。BW’Sのような個性的かつロングセラーとなるバイクの登場を、さらなる未来にも期待するばかりです。