運転士不足の切り札として期待される自動運転バスですが、各地の実証試験で高い評価を得ながらも本格的な普及には至っていません。そこには、当たり前といえば当たり前、しかし大きな「壁」があります。
「評価するのはバスに乗る人だけ」でいいのか?
運転士不足によるバスの減便・退出が進んでいます。これに対する解決策として自動運転バスの社会実装が期待されており、国土交通省による自動運転社会実装推進事業では、2024年には99地域、2025年には67地域で実証試験が行われています。しかし、実際に本運行へ至る例は、ほとんどありません。
各地で行われている実証試験では、自動運転バスの利用者にアンケート調査をした結果、満足度や実装時の乗車意向というような項目で、高い評価であったという報告がされています。それでも、本格的な社会実装にはつながっていないのはなぜでしょうか。
その理由の一つは、評価をしているのが「利用者」であるというところです。
自動運転バスを評価するために実際に乗車した利用者の意見を聞くということは必要です。しかし、自動運転バスの社会実装は利用者だけで決められるものではありません。東京・大阪の一部の大都市を除き公共交通の利用者は1割に満たず、バスの利用者だけに限ればさらに少なくなります。
一方で、自動運転バスの価格はまだまだ高価であり、実証試験に使われている車両の価格は1台あたり1億円を超えています。これを交通事業者が独自財源で購入することは困難です。そんなお金があるのならば、それで運転手の賃金を上げた方が人は集まるかもしれません。
そのため、自動運転バスの購入には国や自治体の補助金が使われることになります。つまり、利用しない人も含めて支払った税金が使われるので、利用しない人も含めた意思決定が必要になります。
「乗らない人」の理解がカギ
利用しない人の理解をどう得られるか。地域全体が理解し、受け入れることは「社会的受容性」と呼ばれることがあります。
自動運転バスを利用する人にとっては、それに乗車できるかが受容の判断基準ですが、利用しない人にとっては、そのバスが地域の中を走っていることを受容するかが判断基準となります。
利用しない人も地域の中を自動運転バスが走行していれば、運転している自家用車や徒歩ですれ違うことがあるはずですが、通常のバスだと思って自動運転だと気が付かないという人もいるでしょう。そうならないために、まず自分たちの地域に自動運転バスが走っていることを認知してもらうことが必要です。
まだ完璧じゃないから?
その上で、自動運転バスを正しく知ってもらう必要があります。自動運転は完全に事故を起こさない(はずだけれど、まだ事故を起こすので実装されていない)と自動運転バスに関心のない人は思ってしまうかもしれません。
しかし、実際は通常のバスであろうとも、自動運転バスであろうとも、路上駐車している車両の陰から子供が飛び出して来たら事故を起こします。どんなクルマも急には止まれないのです。
そのため、バスを利用しない人も自動運転バスに対して交通安全を守るというかたちで関わることになります。利用しないから関係ないのではなく、地域の中でどのように使われていくべきなのかを一緒に考えることが、地域全体での受容への出発点です。
「遅くてジャマな自動運転バス」という事実
利用しない人も含めて自動運転を認知した上で、さらなる技術の進化も必要です。車両単体を制御する技術は確かに向上しています。しかし、それをバス事業の中で使おうと思うと新たな課題が発生します。
例えば、バス停で待っている人の認識です。自動運転バスのセンサーはバス停に人がいることは検知しますが、それがバス停で待っている人なのか、ちょうど通りがかった人なのかはわかりません。また、雨の日などバス停から少し離れた屋根のある場所で待っている人を判別するのも難しいでしょう。その結果、自動運転バスは積み残しのないように全てのバス停で停車することになります。
これは一見、親切に思えるかもしれませんが、一般的にバスはバス停に人がいなければ通過します。その差がバス停ごとに積み上がり、路線全体では大きな遅延となります。全てが自動運転バスになれば目立たないかもしれませんが、実証試験が行われた地域の中では、自動運転バスの後ろに通常のバスが数珠つなぎになっている場面なども見られました。
しかし、ここにも受容を広げていくヒントがあります。今までのバスと同じでなければ受容しないのか、最初から自動運転バスは遅いものだと認識して受容するのか。この意識の転換ができるかが、自動運転バスの社会実装への鍵となります。
【え…!】これが「サザエさんに出てきた自動運転バス」です(画像)