「白いロマンスカー」はなぜ短命だったのか 最も豪華&正統派もわずか17年で引退 「究極」ゆえの代償

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小田急電鉄の50000形電車「VSE」は、連接構造、前面展望席、軽食・飲料のシートサービスなど、特急ロマンスカーの伝統的な要素を全て盛り込んだ車両でした。惜しまれつつ引退した名車について振り返ってみましょう。

目指したのはロマンスカーの中のロマンスカー

 小田急電鉄の特急ロマンスカーには、二つの大きな役割があります。一つは観光輸送、もう一つは通勤客向けの有料着席サービスです。

 小田急の特急利用客は、1987(昭和62)年の1100万人から、2003(平成15)年には1400万人まで増えていましたが、一方で箱根方面の特急利用客は550万人から300万人に減少していました。小田急は市場調査の結果、減少原因が「車両の魅力不足」にあると結論付けました。

 当時のロマンスカーの最新型だった30000形「EXE」は展望席がなく、「これはロマンスカーではない」という反応も見られました。こうした理由で、2002(平成14)年から広告媒体に使用する車両を、1987(昭和62)年登場の古参ながら展望席を持つ10000形「HiSE」に戻すなどの対策を取っていました。

 しかしHiSEは、出入口に階段があるハイデッカー車両であり、2000(平成12)年に制定された交通バリアフリー法への対応が困難でした。

 このような状況から、新型ロマンスカーの開発は不可避だったのです。「どこにもない、魅力的な車両」を追求し、他社なども視察した結果、新型車両は「ロマンスカーの中のロマンスカー」にする方針に決定。伝統的な要素である「前面展望席」「乗り心地の良い連接式台車」を採用した「ときめきを与える車両」を開発するため、社外の日本人デザイナーを起用することにします。

 これに対して、フィアットのコンセプトカーや大型客船も手掛けた建築家の岡部憲明氏が「沿線風景の中で、どのような車両になるのかを考え、技術面も含めて総合的なデザインをしたい」と回答し、起用が決まりました。

 岡部氏は、新型車両を「全長150mのオブジェ」と考え、左右対称にするためにそれまでの11両連接車を10両連接車に。軽量化のためアルミ製車体を採用し、強度を保つために展望席以外はダブルスキン構造としました。が、これが本形式の引退を早める理由となります。

過去にないデザインと技術を採用

 そして「究極のロマンスカー」を実現すべく、長年開発してきた空気ばねによる車体傾斜制御と操舵台車を組み合わせ(連接車では世界初)、乗り心地の改善に取り組みました。これにより、曲線走行時の遠心力を示す左右定常加速度は、従来車の0.08Gから0.046Gまで減少しています。

 外観は、床下をスカートで覆いスマートなシルエットとしています。丸みのある車体にパール系のシルキーホワイトで塗装し、見る角度と光の反射で印象が異なる工夫がなされました。

 ほかにも今までにないものがありました。歴代ロマンスカーは展望席の窓に曲面ガラスを採用し、左右に窓が流れる形状でしたが、新型車両は前面のみの巨大な1枚ガラスとしました。

 筆者(安藤昌季:乗りものライター)が展望席最前列に乗車した感想としては、中央通路側の座席だと視界が全て景色に感じられるワイドさがありました。一方、端(窓側)の座席だと支柱が視野に入るデメリットもあるため、悩ましい選択と感じました。展望席の座席の前後間隔は1150mmで、新幹線のグリーン車並みでした。

 展望席以外も斬新でした。中間車の座席間隔1050mmは、歴代ロマンスカーの普通席で最大。リクライニング角度が大きく、シートのクッション性も優れています。また、窓に向かって5度の角度が付けられており、長さ4mの連続窓の採用もあいまって、とても景色が見やすい設計です。カーテンも、ロールタイプではなく、ごく細いワイヤーを引いて展開する形状なので、視界の妨げはほぼありませんでした。

 天井はアーチ状に丸みを帯びていました。「ヴォールト」というこの形状にちなんで、新型車両は「Vault Super Express」を略した「VSE」と命名されています。

 半個室のグループ区画「サルーン」も3区画設けられました。大型テーブルを設けたボックス席です。座席の横幅はやや狭いものの、ガラスで仕切られた落ち着いた空間で人気がありました。

 公平に見て2026年現在も、2階建て車両にスーパーシートを備えた20000形電車「RSE」と並び、最も豪華なロマンスカーの一つです。高品質なデザインが評価され、グッドデザイン賞、ブルーリボン賞、照明普及賞優秀施設賞といった国内の賞だけでなく、アジアデザイン大賞、ドイツのiFデザイン賞も受賞しています。

 サービス面でも力を入れていました。3号車と8号車の「ロマンスカーカフェ」では、「走る喫茶室」と呼ばれるシートデリバリーサービスをVSE限定で復活させました。運行開始当初から「銀座大増」の予約制高級弁当や温かい味噌汁が提供されるなど、かなり本格的な供食サービスでした。

 乗務員はVSE向けに選抜し、おもてなしの教育が行われたほか、専用の制服を身につけていました。

何が要因? わずか17年で引退

 VSEは、他のロマンスカー車両とは異なり、基本的に新宿~箱根湯本間に限定して運用されました。

 列車は大好評を博しましたが、その全盛期は短いものでした。2016(平成28)年にロマンスカーを20分間隔にするダイヤ改正が行われ、VSEを特別扱いするダイヤが維持できなくなったのです。カフェカウンターは営業休止となり、ワゴンサービスに切り替えられます。

 2018(平成30)年には新型ロマンスカーの70000形「GSE」が登場する一方、小田急はVSEの継続使用を検討しましたが、車体のダブルスキン構造は、溶接などの熱を加えての補修が不可能で、修理が非常に難しいという現実がありました。また、連接構造と車体傾斜を組み合わせた「唯一無二」の構造は、経年劣化した際の更新が困難であることも問題となりました。結果、VSEは譲渡も不可能と見なされ、登場からわずか17年の2022(令和4)年に定期運行が終了し、翌年に完全引退を迎えました。

 VSEは2026年3月19日、神奈川県海老名市にある「ロマンスカーミュージアム」で先頭車両の保存・展示が始まり、栄光の日々を伝える予定です。

 なお、小田急は2029年から、展望席を備えた新型ロマンスカーの80000形を導入すると発表しています。「VSEの後継」と位置付けており、GSEで採用が見送られた連続窓も備わるようです。詳細はまだ伏せられていますが、魅力あふれる新しい名車の出現を期待します。