旧日本軍が多用した九七式中戦車。その初期型モデルの砲塔を見ると、ぐるりと囲むように手すりのようなパイプが付いています。一見すると歩兵が掴まるためのものに見えますが、実はこれ、とある重要装備でした。
歩兵の「手すり」じゃないの!? 旧軍戦車の謎の“ハチマキ”
太平洋戦争勃発時、日本の主力戦車は九七式中戦車チハでした。当時、同車の「旧砲塔モデル」、すなわち57mm戦車砲を装備する砲塔には、上面の外周部分にグルリとフレームのようなものが取り付けられています。
一見すると、これは乗員や跨乗する味方歩兵のための手すりのように思えるかもしれません。しかし、じつは無線機のアンテナです。なお、戦車の砲塔上縁に沿う形で設置されているので「鉢巻アンテナ」とも呼ばれました。
アンテナというと、釣り竿を立てたかのようなロッド式アンテナが一般的です。実際、九七式中戦車の新砲塔型、いわゆる長砲身47mm戦車砲搭載モデル以降の日本戦車では、同様のアンテナ設置のしかたは見られません。なぜ、あのような形にアンテナを取り付けたのでしょうか。
そもそも、戦車が初めて登場したのは、20世紀初頭に起きた第一次世界大戦です。それからしばらくのあいだ、各国の戦車には無線機は搭載されておらず、別の戦車や味方の歩兵などと通信を行う際には、車長による手旗信号や点滅する発光信号、砲塔上に立てた短い旗竿に掲げた信号旗といった、さながら軍艦のような通信手段が活用されていました。ちなみに、中~長距離の通信には伝書鳩まで使われたといいます。
しかし1920年代に入ると無線通信機の小型化と、エンジンなどの搭載機器から生ずる雑音電波の対策が進んで、無線機を戦車1両ずつに搭載することが可能となりました。
最初のうちは大隊や中隊、小隊といった各戦闘単位の指揮官車のみに積まれましたが、これでは特にリアルタイムでの指示が必要な最前線で戦っている各車へ瞬時に命令を出すことができず、連携して動くことが難しかったため、最終的には全車に無線機が搭載されることになります。
実は世界的にはポピュラー なぜ“ハチマキ姿”だったのか
こうした流れのなかで、旧日本陸軍では当初、竹竿などを利用し無線の空中線を高く、長く展開することなどが試されましたが、これを立てたまま走行するとなると、森林や藪などの通過時に樹木に引っ掛かる可能性があるうえ、敵に見つかりやすいという欠点も懸念されました。
そこで考えられたのが、砲塔上部をぐるりと巻くように取り付けられたフレームアンテナ、通称「鉢巻アンテナ」です。
このような取り付け方であれば、どこかに引っ掛かったり、見つかりやすかったりといったことがありません。それでいて、実長はロッド式アンテナと変わらないため、一定程度の感度を確保することができました。
なお、このフレームアンテナはソ連軍戦車も備えており、ドイツ軍でもハーフトラックSd.Kfz.250の無線指揮車型などの頭上に、長方形のフレームアンテナを装備したりしていました。そのため、世界的に見ると決して少数派などではなく、割とポピュラーなアンテナ配置だったのです。
しかし戦争が激しさを増し、無線機の性能も向上。一方で冒頭に記したように、九七式中戦車自体が、47mm戦車砲装備の新砲塔を載せるようになったことで、鉢巻アンテナに代えて直立アンテナを多用するようになった結果、「戦車のハチマキ」は姿を消しました。