交流増やし、地域とつながる=「原発に最も近い教会」―福島県大熊町、全町避難からの再出発・東日本大震災15年

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 東京電力福島第1原発事故で一時、全町避難を余儀なくされた福島県大熊町の福島第1聖書バプテスト教会は「原発に最も近い教会」として知られる。教会員らは事故後約1年間、各地を転々とする避難生活を強いられた末、隣接する同県いわき市に新たな拠点を構えた。地域とのつながりにこだわり、イベントや英会話教室を開くなどして、信徒以外の住民との交流にも力を入れる。
 同教会は1947年ごろ、現在の大熊町で活動を開始した。震災直前には周辺自治体を含め四つの礼拝堂を持つほどまで教会員を増やした。
 2011年3月11日、わずか5キロ先の原発で事故が起きた。当時、主任牧師だった佐藤彰さん(68)は、町外の避難所にいた教会員ら約60人と共に、協力を申し出た福島県会津若松市や山形県米沢市の教会に身を寄せた。その後、ドイツ人宣教師から無償提供を受けた東京都奥多摩町のキャンプ場を仮住まいにして約1年間を過ごした。
 12年、いわき市を新たな拠点とし、教会堂を建設するなどして教会の活動を始めた。礼拝のみならず、近隣住民向けに茶話会や英語教室を開くなど、地域に根ざす活動を続けた。避難中、多くの人に受けた恩に報い、ゆかりのない新天地に溶け込むため、「地域に役立つ教会にしたいという思いがあった」と佐藤さんは振り返る。
 子ども食堂の運営に加え、障害者・高齢者からの相談、避難者と地元をつなぐイベントの開催なども手掛けるようになった。「震災を経験し、地域とつながってこそ、というコンセプトに変わった」という。
 「つづられてきた物語を消すことはできない」。教会発祥の地で歴史がある大熊町での活動も22年に再開した。震災まで使っていた礼拝堂を整備して月1回、礼拝を実施。来年度からは頻度を週1回に増やすほか、カフェや英語教室の運営なども模索していくという。
 大熊町はいま、人口の7割が震災後に移り住んだ移住者となるなど、かつてと大きく姿を変えた。佐藤さんは、地域とのつながりを深め、「新しい町に合った教会づくりができれば」と話した。 
〔写真説明〕礼拝を執り行う元主任牧師の佐藤彰さん=2月15日、福島県いわき市の福島第1聖書バプテスト教会
〔写真説明〕福島県大熊町にある「福島第1聖書バプテスト教会」の礼拝堂=2日午後、大熊町
〔写真説明〕福島第1聖書バプテスト教会の礼拝堂で行われた新年を祝うコンサート=1月25日、福島県大熊町