昨年4月、海上保安官を養成する海上保安学校(京都府舞鶴市)で女性初の学校長が誕生した。松浦あずささん(59)だ。海上保安庁は職員の約9割が男性という「男社会」。その苦労を乗り越えて道を切り開いてきた松浦さんは「ガラスの天井は自分で決めていただけだった」と振り返り、男女問わず働きやすい職場づくりを目指している。
松浦さんは高校時代、病気で父が倒れたため教員の夢を諦め、就職することを決意。高校の先生からは公務員を勧められ、男女で仕事内容や給料に差がないと聞いた海上保安官の道を選んだ。
海保学校卒業後、高知海上保安部(高知市)の巡視船「あしずり」に配属された。配属初日。「わしは古い男じゃきに、どうしても女を船乗りとは認められん。厳しく当たるがこらえてくれ」。甲板責任者の男性からこう告げられた。
海保学校で松浦さんが進んだコースは同期の58人中、女性はわずか2人。あしずりでは甲板責任者から存在を無視され、何も教えてもらえなかった。危険な作業では「女は手を出すな」と外された。一方で、「憎くて私を外しているんじゃない」とも分かっており、同期の男性が教えてもらう横で業務内容をメモし、作業後に1人で手順を確認した。
「自分にできることをやるしかない」。そう決めて積み重ねた努力が認められ、複数の上司から幹部候補を育てる海上保安大学校の特修科受験を勧められた。ただ、先に受験して落ち続けていた女性から「海保はどうせ女性をリーダーにする気がない。受からないのはそのせいだ」と不満も聞いていた。
松浦さんは、女性の愚痴の真偽を上司に尋ねた。上司の返答は「受験資格に女性は駄目と書いてあるのか。満点取ってみろ、誰が落とせるんだ」。強い口調にはっとした。「どうせ女は」と言われ続け、「やっても無理」と思い込んでいた。ガラスの天井を作っていたのは自分自身だったことに気付いた瞬間だった。
その後、試験に合格し、幹部の道を進んだ。そして現在。執務室のデスクマットには、かつて「女は手を出すな」と怒鳴った甲板責任者の男性からの手紙が挟んである。「職員の苦労を忘れるな」「部下の人としての幸せを大切に育てよ」。便箋にはこの二つが繰り返し書かれている。男性は手紙を出して間もなく亡くなったが、「おっかないけど、優しい人だった」と懐かしむ。
「昔は『女』でひとくくりにされたが、今は一人一人を見てもらえるようになった。海保でチャンスは平等だと感じる」と話す松浦さん。「女性でも男性でも働きやすい職場にしなければいけない」。元上司の言葉を胸に、後進育成に力を込める。
【編集後記】「チャンスは平等」。男性社会の中でたゆまぬ努力をしてきた松浦さんだからこそ説得力のある言葉だと感じた。理不尽な現実にただ反抗するのではなく、受け止め方を変える柔軟性も時には必要だとも思った。
「ガラスの天井を作っていたのは自分だった」。松浦さんの言葉を胸に、性別に関係なく一人の記者として、自分で限界を決めずにさまざまなことに挑戦し続けたい。(時事通信京都総局記者・斎藤朱里)。
〔写真説明〕インタビューに答える海上保安学校の松浦あずさ学校長=2月6日、京都府舞鶴市
〔写真説明〕海上保安学校の歴代学校長の名札。右端には松浦あずさ学校長の札がある=2月6日、京都府舞鶴市
〔写真説明〕巡視船を背景に撮影に応じる海上保安学校の松浦あずさ学校長=2月6日、京都府舞鶴市
〔写真説明〕初任地で指導を受けた甲板責任者から松浦あずささんに送られた手紙=2月6日、京都府舞鶴市