2024年に羽田空港で発生したJAL機と、海上保安庁機の衝突事故。この2年で真相究明のプロセスは異例の経緯を辿っています。どのように評価すべきでしょうか。
異例の「二度目の経過報告」
2024年1月2日に羽田空港で発生したJAL(日本航空)機と海上保安庁機の衝突事故から2年が経過しました。この真相究明のプロセスを、どのように評価すべきでしょうか。
結論からいえば、これは現状の日本の航空行政の課題を示しているといえそうです。
多くの航空事故は、発生からおよそ1年で事故調査報告書が公表されるところですが、この事故では2年を経過しても発表がありません。さらに、事故調査の経過報告が二度も出されるという異例の展開となりました。そして、この事故は事故発生時の映像をはじめ多くの状況証拠とともに双方の機長が生存しているため、航空機の事故調査としての難易度が高いとも考えづらいです。
この事故では事故発生直後から事故原因の可能性として複数の事象が指摘されてきました。おもなものは以下の3点です。
・海保機は滑走路への進入が許可されたものと勘違いして滑走路に進入してしまったこと。
・JAL機からは滑走路上で停止していた海保機を視認できなかったこと。
・管制官はJAL機に着陸を許可しておきながら同じ滑走路に進入した海保機を見落としていたこと。
ただ、海外メディアでは上記の三点よりも重大な問題点として、海保機に自機の位置を座標情報として発信し、視界が悪い天候においても周囲の航空機の位置が正確に表示されるシステム「ADS-B」が未装備であったことを指摘しています。海保機がADS-Bを装備していたら羽田空港周辺の全ての航空機や管制塔から海保機が滑走路上で停止していることが表示されていた可能性が極めて大きく、事故を未然に防げた可能性があったからです。
海外ではADS-Bを装備していない航空機は羽田空港のような混雑空港に近づくことすら禁止されています。そうしたことから海外メディアでは、ADS-B未装備機が日本で一番忙しい空港で運航されていたことが疑問点としてあがったのでしょう。
今回の事故原因を論理的に突き詰めていくと、海上保安庁も航空管制も所管する官庁は国土交通省です。ADS-Bが日本で普及していないことも航空行政の遅れと指摘されても無理はありません。こうなると、今回の事故の原因の一端は国土交通省にも及ぶということです。そんな状況においてJTSB(運輸安全委員会)が出した異例の対応が、二度目の事故調査経過報告だったというわけです。
「二度目の経過報告」から見えたモノ
なお国際的な指摘があったなかで、二回の経過報告の中ではADS-Bに関する記述はありませんでした。このまま最終報告書においても同様の対応ならば、世界の航空行政における、日本の事故調査報告書の信頼性が担保できない可能性も否めません。
そして、二度目の経過報告が発表されたとき、筆者は責任問題を先送りしたい国交省の意向が色濃く反映していると感じました。
衝突したJAL機、エアバスA350-900のコクピットには、パイロットの視線延長線上に各種飛行データが表示される透明な画面「HUD(ヘッドアップディスプレイ)」が装備されていました。二度目の経過報告に先立って、2025年には国内で、夜間のHUD視認性の実地試験が行われています。しかしHUDは便利な反面、表示の輝度次第では夜間の滑走路上において障害物などが見えにくいことは以前から知られていたことです。2025年になって、このようななか実地試験が行われたことは自然とは言い難いです。
また2025年には、機体メーカー関係者との意見交換会も実施されましたが、なぜ事故が発生した2024年中に行われなかったのでしょうか。事故の最終報告書では意見交換会が遅れた理由とともに意見交換の詳細を公表する必要があるでしょう。
筆者は今回の事故で浮き彫りになったことは今の事故調査機関、JTSBの組織的な限界だと分析しています。
必要なのは「国交省と事故調査委員会」の切り離し?
というのも、JTSBは国交省傘下の組織です。そうなると、どうしても原因究明のプロセスにおいて国交省への配慮を完全に排除することは、なかなかできることではありません。
筆者は今回の事故調査の教訓としてJTSBの独立組織化が必要なのではないかと感じています。
たとえば航空大国のアメリカでは、事故調査を行うNTSB(国家運輸安全委員会)は1974年までは連邦航空局と同様にアメリカ運輸省に属する組織であったため、多くの弊害が指摘されていました。航空機事故の場合、航空行政を司る連邦航空局にとって都合の悪い事故原因は出にくくなります。
その理由として指摘されたのは、組織防衛が優先されてしまうため、関係者が本音を話さなくなること、そして、技術的な深堀が不十分になるなどです。そんな中で1958年にニューアーク湾で起きた鉄道事故が決定打となり事故調査は完全に独立した機関が行うべきであるという機運が一気に盛り上がりました。
この事故では可動橋が開いたままの状態であったところに通勤列車が進入して48人の死者を出した惨事でした。事故の原因は橋と信号の誤操作や運航管理など複合的なもので、事故発生の要因として管理・監督の不備も指摘されていました。ところが、当時の事故調査は規制当局と業界に近い立場の組織が行っていたため、事故調査の内容において責任の所在が不明確である点に加え、組織や制度など構造的問題への踏み込みが弱いという批判を受けたのです。
こうした苦い経験を経て、アメリカでは運輸省やその傘下にある連邦航空局から完全に独立した組織としてNTSB(国家運輸安全委員会)が事故調査を専門に行う機関として1974年に設立され今日に至ります。NTSBを構成する委員は大統領が指名して上院の承認を得て任命される仕組みです。
独立機関であるNTSBから出される安全勧告に法的拘束力こそありませんが、その影響力は極めて大きく、全世界で尊重されています。
筆者は、日本もJTSBも国交省から分離させ、内閣府へ編入させることを検討する時期に来たのではないかと考えています。