米軍によるマドゥロ大統領拘束という衝撃ニュースの裏で、カリブ海には「一見ただの商船」にしか見えない異様な船が潜んでいました。「オーシャン・トレーダー」という名の“謎船”、どういう役割を担っているのでしょうか。
船名も消し、正体を隠して暗躍する「マースクの元商船」
米トランプ政権は2026年1月3日、南米ベネズエラの首都カラカスへの武力攻撃を実施。独裁体制を敷いていた同国のニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拘束し、自国へ連行しました。
アメリカは、以前より「麻薬対策」を名目にベネズエラへの圧力を強めており、2025年後半からカリブ海には原子力空母「ジェラルド・R・フォード」を中核とする空母打撃群や、カラカスで拘束したマドゥロ氏を連れ込んだ強襲揚陸艦「イオージマ」など、複数の艦艇が展開しています。
ただ、その中には一見すると商船にしか見えない特殊な船の姿もありました。「オーシャン・トレーダー」という名の同船は、アメリカ海軍軍事海上輸送司令部が運用する特殊作戦支援母船ですが、その性格上、アメリカ海軍も詳細を明らかにしていません。海外の複数のメディアによれば、同船は2025年夏頃からカリブ海に展開していたようです。
「オーシャン・トレーダー」は、もともとデンマークの海運大手A.P.モラー・マースクグループが運航していたRORO船「クラッグサイド」です。2011年に竣工したこの船をアメリカ海軍が購入し、所要の改造を施したうえで、2015年ごろに改めて運用を開始しました。総トン数は約3万総トン、全長は193m、幅は26m。最高速力は21ノット(約38.9km/h)とされています。
灰色と白によるツートンカラーの外観はRORO船時代から変わっておらず、パッと見では商船に思えます。しかし、その役割はアメリカ軍の特殊部隊が運用する資器材を搭載して目的地の近くへと運び、空と海の両方から戦力の投入を助けるというものです。
船体の形状を見ると後部の車両ランプはRORO船時代とほぼ変わらないものの、車両甲板の開口部が塞がれてフラットな甲板が設置されているほか、大型化した居住区の前方に格納庫らしきものが増設されていることから、航空機の整備や補給を行う環境が整えられていると考えられます。
ヘリ、オスプレイ、ステルス艇…あらゆる特殊兵器の「基地」として
「オーシャン・トレーダー」は、投入される作戦の種類が幅広く、広い飛行甲板を確保していることから、アメリカ軍が保有するほぼ全てのヘリコプターに対応していると推察され、陸軍第160特殊作戦航空連隊(ナイトストーカーズ)のMH-60「ブラックホーク」やMH-47G「チヌーク」、海軍のMH-60S「シーホーク」、海兵隊のCH-53K「キングスタリオン」はもちろん、ティルトローター機のV-22「オスプレイ」も昼夜問わず発着艦ができるとみられます。これに加え、情報収集で活躍しているUAV(無人航空機)の運用も行うことができるでしょう。
「オーシャン・トレーダー」の船内には最大で209人の特殊作戦要員を収容でき、45日間にわたり補給なしで作戦を支援できるだけの物資を積載することができます。船内には、アメリカ海軍の特殊部隊「ネイビーシールズ」(海軍特殊戦グループ)や同陸軍の「デルタフォース」などの隊員が生活できるよう食堂やジムが設けられているほか、武器や装備の保管スペースや秘匿性の高い通信に対応した指揮通信設備も用意されています。
洋上から作戦エリアに特殊部隊を侵入させるための複合艇(RHIB)や水上オートバイ(いわゆるジェットスキー)などを船尾側ランプから発進させることができるだけでなく、右舷側には「ネイビーシールズ」の特殊舟艇チームが運用するステルス形状の強襲戦闘艇、通称「CCA(Combatant Craft Assault)」を4隻、搭載することができます。これにより「ネイビーシールズ」などの潜入や撤収だけでなく、周辺の警備にも対応することができます。
同じく特殊部隊の拠点として使われる船としては、ルイス・B・プラー級遠征海上基地(洋上拠点機能を有する貨物船転用の艦艇)がありますが、「オーシャン・トレーダー」はそのような船型をしておらず、軍艦のようなグレー主体の塗装も施されていないことも、商船っぽさを際立たせているポイントでしょう。
ちなみに、同船は2023年7月に日本の米海軍横須賀基地へ現れており、密かにアメリカの世界戦略を支える特殊作戦支援母船らしく、ひっそりと沖合いに停泊していました。どこにも船名が書かれていないうえ、AIS(船舶自動識別装置)にも表示されない船「オーシャン・トレーダー」が活躍するときは、ベネズエラへの軍事介入のように世界情勢が大きく動くときなのです。