2026年1月3日に突如発生した、アメリカ軍特殊部隊によるベネズエラのマドゥロ大統領の身柄確保。マドゥロ氏の身柄はその後アメリカ本国に移送されていますが、その前に大西洋に展開していたアメリカ海軍の強襲揚陸艦「イオージマ」へと連れ込まれていたことが明らかに。この艦名、日本人にはなじみ深い「あの島」に由来しているとか。
由来は本当に硫黄島です
2026年1月3日、アメリカ軍は南米のベネズエラを奇襲攻撃し、特殊作戦用ヘリコプターに分乗した精鋭部隊のデルタフォースが、同国のマドゥロ大統領を拘束してアメリカへ連行しました。これを受けて、ベネズエラ最高裁はロドリゲス副大統領に暫定大統領として職務を代行するよう命じ、現在はこのロドリゲス氏が国政を担っています。
さて、身柄を拘束されたマドゥロ氏は、アメリカ本国へ移送される前に、洋上で待機していたアメリカ海軍の強襲揚陸艦「イオージマ」へ乗艦させられたと、ホワイトハウスは公式X(旧Twitter)にて写真付きで発表しています。この「イオージマ」という艦名、日本人にとってはどこか他人事ではない響きを感じますが、それもそのはず。じつは、この艦名は太平洋に浮かぶ日本の「硫黄島」に由来しているのです。
アメリカ海軍では、水陸両用作戦における洋上拠点として機能する強襲揚陸艦の艦名に、「アメリカ海軍がかつて運用していた帆船」と「第2次世界大戦で運用された空母の艦名」に並び、「海兵隊が戦闘を繰り広げた戦地」をあてる規則になっています。そして、この「イオージマ」は、1945(昭和20)年2月19日から3月26日まで行われた硫黄島の戦いにちなんで名付けられたのです。
行政区分上は東京都小笠原村に属する硫黄島は、東京23区から約1200kmほど南の洋上に浮かぶ小さな島です。この島をめぐって、日米双方は約1か月間にわたり死闘を繰り広げ、両軍合わせて約4万5000人以上の死傷者を出しました。現在では、海上自衛隊が管理する硫黄島航空基地が置かれており、主に救難および急患輸送などの任務を行う航空機の運用を支えています。ちなみに、硫黄島は「いおうとう」と読むのが正しい呼称です。
今回マドゥロ氏が連れ込まれた「イオージマ」は、ワスプ級強襲揚陸艦の7番艦として2001(平成13)年に就役した艦ですが、じつはその前にも「イオージマ」という軍艦が存在していました。それがイオージマ級強襲揚陸艦の1番艦「イオージマ」です。
1961(昭和36)年に就役したこの「イオージマ」は、アメリカ海軍にとって初めてとなる新造の強襲揚陸艦(ヘリコプター揚陸艦)で、同型艦は合計7隻が建造されました。ちなみに、その2番艦は「オキナワ」で、一目瞭然その艦名は1945年3月26日から6月22日まで繰り広げられた沖縄戦にちなんでいます。
あの”歴史的瞬間”にも立ち会ったって?
先代の「イオージマ」は、1993(平成5)年に退役するまで数々の演習や展開任務に従事したほか、いくつかの軍事作戦にも従事しています。たとえば、1962(昭和37)年には当時のソ連がカリブ海の島国キューバに核ミサイルを配備したことに端を発するキューバ危機に際して、アメリカの海軍力を誇示するためにカリブ海へと展開したほか、1965(昭和40)年から1967(昭和42)年にかけてはベトナム戦争にも参加しています。
そして、その艦歴のなかでも特に輝かしい功績となったのが、1970(昭和45)年4月17日に実施されたアポロ13号搭乗員の回収任務です。1970年4月11日、ジェームズ・A・ラヴェル船長以下3名を乗せてフロリダ州にあるケネディ宇宙センターから打ち上げられたサターンV型ロケットは、人類史上3度目となる有人月面探査の実施を目指して一路月へと向かっていました。しかし、その途上で宇宙船(機械船)の酸素タンクが爆発し、急遽地球への帰還を余儀なくされます。
そして、打ち上げから6日後の4月17日、地球の大気圏内に再突入した司令船「オデッセイ」を回収するため、「イオージマ」は南太平洋のアメリカ領サモア沖合に展開します。そして、無事地球への帰還を果たした3名の宇宙飛行士を、見事回収することに成功したのです。この時の様子は、1995(平成7)年公開の映画「アポロ13」でも描かれていますが、このとき撮影に使用されたのは「イオージマ」ではなく、同型艦の「ニューオーリンズ」でした。
このように、日本人にとって忘れることのできない艦名を冠することもあるアメリカ海軍の強襲揚陸艦ですが、その最新型であるアメリカ級強襲揚陸艦の4番艦は「ファルージャ」、5番艦は「ヘルマンド・プロヴィンス」と命名されました(いずれも未就役)。「ファルージャ」はイラク戦争の、「ヘルマンド・プロヴィンス」はアフガニスタン戦争の激戦地に、それぞれちなんで名付けられています。時代の流れとともに、艦名に用いられる戦地も移ろいでいるのです。