バス停に停まったバスが、「プシュー」という音とともに車体を傾ける光景、見たことあるでしょう。実はこれ、故障でも偶然でもない、バスなりの“おもてなし”です。一体どういう仕組みなのでしょうか。
わずか7cm低くなるだけで劇的に変わる世界
バス停で待っていると、到着したバスが「プシュー」と音を立てて、歩道側に車体を傾けることがあります。
初めて見ると「タイヤがパンクしたのか」と驚く人もいるようですが、これは「ニーリング」と呼ばれる機能です。
英語で「ひざまずく」を意味するこの機能は、その名のとおり、バスが乗客に対して「どうぞ乗ってください」とお辞儀をしているような状態を作り出しています。
どうやって車体を傾けているのかというと、仕組みはタイヤを支えるサスペンションを使っています。
バスのサスペンションは、空気のバネを用いた「エアサスペンション」、「エアサス」です。これの片側の空気を抜くことで、車体を意図的に傾けているのです。
このお辞儀によって、バスの乗り口は通常よりも約7cm低くなります。“たったそれだけ!?”と思うかもしれません。しかし、この差が劇的な効果を生みます。
お年寄りや子供にとっては、高い階段が“またぎやすい段差”に変わります。そして車椅子やベビーカー利用者にとっては、乗り口のスロープの角度が緩やかになり、“越えられない壁”が“通れる道”へと変わるのです。
例えば、ベビーカーを片手で押しながら乗れるため、両手がふさがらず安全になります。また、車椅子の場合は、少しの傾きのおかげでスロープ板を出さずにそのまま乗れることもあります。
東京都交通局が1990年代初頭に試験導入して以来、いまや多くのバスに標準装備されているこの「ニーリング」機能、わずかな傾きには、すべての人に優しくありたいという、バリアフリーの思想が詰まっています。
また、このほかにも乗客の安全のための機能があります。
「しゃがめる」それなら「背伸び」もできる?
とても便利なニーリング機能ですが、車体が傾いたまま走り出したら大変です。カーブで転倒してしまうかもしれません。
しかし、そこには鉄壁の安全装置があります。それが「アクセルインターロック」です。
これは、ドアが開いていたり、車体が傾いていたりする間は、運転士がいくらアクセルを踏んでも反応しなくなる仕組みです。
例えるなら、ゲームのコントローラーがロックされて、ボタンを押してもキャラクターが動かないような状態。これにより、うっかりミスによる発進事故を防いでいるのです。
最近の乗用車には、アクセル踏み間違い防止機能の標準装備化が進んでいることを考えると、バスにその機能があってもおかしくないでしょう。
また、このエアサスペンションには、車体を下げるだけでなく“上げる”機能も隠されています。いわばバスの「背伸び」です。例えば、段差を乗り上げるときや、踏切などのデコボコ道を走行するときに有効な機能です。
バスが「しゃがむ」だけでなく「背伸び」もできるとは、意外と運動神経が良い乗りものだといえるでしょう。
ただし、この便利な機能を使うには、運転士の熟練した技術が必要です。
傾けた拍子に車体が縁石にぶつからないよう、停車位置をミリ単位で調整しなければならないことがあります。また、車内の立ち客がバランスを崩さないよう、あえて使わない判断をすることもあります。
次にバス停で「プシュー」という音を聞いたら、それは機械の技術と、運転士の気遣いが合わさった“おもてなし”の合図かもしれません。