「おいどう見ても空母だろ!」→「いや、違うよ?」ソ連はどう“言い逃れ”? 実際にあった“珍対策”とは

空母の航行を制限するモントルー条約。これをパスするためにソビエト連邦が考えた方法とは?

海峡を越えるために考え出された戦略

 アジアとヨーロッパの境界に位置するトルコは、ボスポラス海峡とダーダネルス海峡という二つの海峡をもち、この海峡によってアジアとヨーロッパに隔てられています。そして、この海峡で艦艇を制限するモントルー条約が、第二次世界大戦以前の1936年に締結され、トルコ、旧ソ連、そして北大西洋条約機構(NATO)諸国の思惑が重なり、現在も維持されています。

 得する部分がありつつも、大きな問題もあります。この条約では航空母艦のような大型艦の通過を許可していないのです。そこで黒海に拠点を置くソ連は、苦心の末に“空母のような艦”を海峡通過させた事例がいくつか存在します。

 現在の国際法では、基本的に「国際航行に使用される海峡」は平時、どの国の艦船でも通航の自由が認められています。ただし、ボスポラス海峡とダーダネルス海峡に関しては、第二次大戦後の冷戦期に黒海で展開するソ連黒海艦隊と、地中海で活動するNATO艦艇のにらみ合いが続いたこと、さらにトルコにとって重要な外交カードであることなどから、モントルー条約による航行ルールが引き続き維持されています。

 この条約では、かつての戦艦のような主力艦について、黒海沿岸国でない国の海軍には海峡通過を認めていません。一方、沿岸国であるソ連は、自国の主力艦を黒海へ帰還・退出させる目的であれば通過が可能とされました。これは、周辺海域で数に優るNATO海軍によって黒海周辺を圧迫されずに済むという点で、ソ連にとって有利なものでした。

 しかし大きな問題が空母でした。この艦種は沿岸国・非沿岸国を問わず通過が禁止されており、黒海で空母を建造しても外洋へ出られず、逆に外洋で建造した空母を黒海へ入れることもできませんでした。

 これではソ連が広大な領土をカバーする空母戦力を持ち得ず、仮に建造しても宝の持ち腐れとなります。そこでソ連は一計を案じ、まずキエフ級と呼ばれる対艦ミサイル搭載の大型艦に、空母の着艦用として知られる斜め飛行甲板「アングルド・デッキ」を備えた“空母のような艦”を開発しました。

 誕生したキエフ級を、ソ連は航空母艦ではなく「重航空巡洋艦」と命名しました。アングルド・デッキはヘリコプターや垂直離着陸機(VTOL機)Yak-38の運用に使用されました。当時のアメリカ海軍の空母と比べれば軽空母程度の性能でしたが、明らかに空母として運用可能な艦でした。

 こうしてモントルー条約の制約を“回避”し、ボスポラス海峡・ダーダネルス海峡の通過に成功しました。NATO諸国からは「詭弁ではないか」「条約違反ではないか」と批判が出ましたが、NATO加盟国であるもののソ連の最前線に位置するトルコは、余計な緊張を避けるためこれを黙認しました。

 ただし「キエフ級」重航空巡洋艦は艦載機こそ搭載しているものの、ソ連は同艦を海上防衛、特に潜水艦および敵艦への対処を行う「艦隊防空艦」と位置づけていました。そのため搭載機は特に対潜任務に重点が置かれ、艦自体も砲熕兵器・艦対空ミサイル・艦対艦ミサイル・対潜ミサイル・対潜迫撃砲・魚雷発射管など、他のミサイル巡洋艦に匹敵する兵装を備えていました。

 ちなみにミサイル兵器については、条約締結時には存在しなかったため規制対象外となっており、これが抜け穴のひとつとなりました。こうして過去の戦艦に匹敵する火力と空母のような運用能力を持ったキエフ級は計4隻建造され、黒海から地中海へ堂々と航行していったのです。

もはや言い逃れできないほど空母だが?

 キエフ級の後、ソ連はより空母に近い外観の重航空巡洋艦を建造します。それがアドミラル・クズネツォフ級(11435型重航空巡洋艦)「アドミラル・クズネツォフ」です。

 同艦はカタパルトこそ有していないものの、スキージャンプ式飛行甲板とアングルド・デッキを備え、発艦と着艦を別の甲板で行える構造となっていました。さらに固定翼機を着艦させるためのアレスティング・ワイヤーも備え、完全に空母といえる艦でした。

 艦載機もSu-33やMiG-29Kといった固定翼超音速戦闘機、Ka-31早期警戒ヘリコプターなど、空母として十分な戦力を具備していました。

 もはや言い逃れし難い外観と装備でしたが、ソ連は「対艦ミサイルを搭載しているため、対艦戦を想定した巡洋艦である」と主張して海峡通過を許可させ、2番艦「ヴァリャーグ」の建造も進めました。

 しかし、完成した空母に近い艦艇群は、ほどなく訪れたソ連崩壊と、装備を引き継いだロシアの財政難によって十分に機能したとは言い難い状況となりました。キエフ級は資金難からすべて他国へ売却され、「アドミラル・クズネツォフ」は唯一の運用可能な“空母のような艦”として残されたものの、運用中はトラブルが頻発。2018年以降はドック入りしたままで、退役の噂も出ています。

 唯一、建造途中で放置されていた「ヴァリャーグ」のみ、2000年代初頭にウクライナから中国に売却され、改修を経て「遼寧」として現役で運用されています。

 この「ヴァリャーグ」売却の際、トルコは同艦を空母とし、モントルー条約を盾に海峡通過を当初拒否しました。しかし最終的に中国側が多額の保険料や観光客誘致の約束を提示したことで、トルコはこれを受け入れ、同艦は海峡通過を果たしました。ロシア・中国だけでなく、海峡を管理するトルコのしたたかさも垣間見ることができます。

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