EU(欧州連合)がEVの小型車枠を新設します。日本の軽自動車規格も参考に策定される見込みですが、背景にはどのような事情があるのでしょうか。また、日本の軽自動車メーカーにとってビジネスチャンスとなるのでしょうか。
最大の目的は「EV投資の有効活用」
EU(欧州連合)の立法機関である欧州委員会が2025年12月16日、これまでの「ガソリン車の販売を2035年に禁止する」という方針を事実上撤回しました。同時に、EUへ導入される新たな「小型EV枠」の概要を発表しています。「M1E」と呼ばれる小型EV専用カテゴリーの新設は、どのような意図があるのでしょうか。
まず予想されるのが、現地メーカーのEV投資を回収するという目的です。EUを中心とするヨーロッパでは、数年前までEV移行の動きが急速に進んでいました。特にBEV(バッテリー式電気自動車)のみへの移行には熱心で、各自動車メーカーがBEVの開発や生産に莫大な投資をしてきました。
こうしたヨーロッパにおける自動車産業のBEVへの舵取りは大きなもので、なかにはエンジンの開発を取りやめるメーカーもあったほどです。しかし、消費者がこの動きについてきていないことを思うと、まだBEVへの完全移行は非現実的と言わざるを得ません。
結局、2035年にガソリン車を全廃するという方針は、事実上撤回されました。しかし現地のメーカーがEV普及のために、大きな投資をしてきたのも事実です。
ヨーロッパのメーカーが、消費者の買いやすい低価格な小型車を作れるよう、新枠を設けて投資が無駄になることを防ぎつつ、またEVのさらなる普及にもつなげたいのでしょう。
またM1E規格の車両は、技術要件の緩和や補助金、税制優遇といった恩恵も得られる見込みです。詳細は今後追って発表されますが、技術要件を緩めることで車両コストを下げつつ、ユーザーも優遇することで普及を促す計画であると推測できます。
「対中国策」という面もある?
EV投資の回収に加えて、新枠策定の理由として考えられる観点があります。それは中国メーカーが展開している、低価格EVへの対抗策という見方です。
中国メーカーの急成長について、日本市場でもBYDの積極的なBEVモデルの投入が話題となっています。装備内容を考えれば、BYDの電気自動車は破格ともいえる値段です。特にBEVモデルに力を入れているブランドを中心に、日本のメーカーも影響を受けつつありますが、これと同じことがヨーロッパでも起きているのです。
実際、中国系自動車メーカーのなかには、ヨーロッパに工場を持つ企業や今後建設を予定している企業が数多くあります。これまで電動化施策を進めてきたヨーロッパからすると、低価格なEVを作れる中国メーカーが関税的に有利なエリア内に工場を作るのは、地元メーカーの脅威と言えます。今回の新枠は、ヨーロッパの自動車産業を守る意味でも重要な役割を担うでしょう。
日本の軽自動車メーカーに「追い風」なのコレ?
欧州委員会は新カテゴリーの要件の策定に当たり、日本の軽自動車規格を参考にしたといいます。そう考えると「逆に日本の軽自動車がヨーロッパに進出できるかも」とも期待感が湧きますが、それは難しいかもしれません。
なぜなら、M1E規格の対象となるのは「ヨーロッパ現地で生産された小型EVのみ」となりそうだからです。これから現地工場の建設を予定している中国メーカーなどは、新しい要件に合致した生産施設を整備できるかもしれませんが、日本の軽自動車は、基本的に日本国内で生産されているため、この新枠の要件を満たすことは困難でしょう。現地に新たな工場を建設するにしろ、すでに現地にある生産拠点を小型車用に改修するにしろ、当然ながら莫大なコストがかかります。
そもそも前述のとおり、M1E規格はヨーロッパの自動車産業を守るために新設されるものと言えます。具体的な要件に、ヨーロッパの自動車メーカーが有利となるような独自基準が設けられる可能性は高く、むしろ日本独自規格である軽自動車を締め出すこともあり得ます。
実際、公表されているM1E規格の車両サイズは全長4.2m以下であり、軽自動車の3.4m以下という規格を大幅に上回っています。これらの事柄から総合的に考えると、ヨーロッパの小型EV新枠の策定が、日本の軽自動車メーカーのビジネスチャンスとなる可能性は、あまり高くないでしょう。