鉄道車両の塗色が変わるだけで、ファンは大きく色めき立ちます。そこには単なる装飾を超え、地域の文化や企業の巧みなブランド戦略があります。
国鉄色になぜ惹かれる? 塗らなくていいのに車両を塗るワケ
同じ車両でも、塗色が変更されただけで鉄道ファンは大きく反応します。各地で話題を呼ぶ「国鉄色」の復刻や、転属に際してラッピングで装いを一新する例も少なくありません。形や機能は変わらず、色が変わるだけで大きな反響がある――この事実は、鉄道車両の色彩が、単なる機能や装飾の枠を超えていることを示唆しています。
1872年の鉄道開業当初、車両は木製や鉄製であり、塗装の主な目的は外板の腐食を防ぐ表面保護でした。そのため、蒸気機関車の煙による汚れが目立たない濃い茶色や黒が選ばれていました。戦後まもなくの頃までの車両の色は、主に全国の車両管理上の用途や電気方式の判別を目的としたもので、乗客向けではありませんでした。
しかし、その後は色彩にメッセージが込められるようになります。1958年、のちに国鉄特急色と呼ばれるベージュに赤帯の色彩で登場した特急「こだま」では、当時の国鉄副総裁が「敗戦で打ちひしがれた日本人に希望を与える色彩に」というメッセージを込めていました。
一般電車では、誤乗を防止するために鮮やかな色彩を用いたラインカラー「首都圏5色」も採用されました。しかし技術面では、1960年代に東急車両製造(現:J-TREC)が開発した塗装不要のステンレス車両が普及し、日本の通勤電車の多くが銀色になっていきます。
それでも、優等列車や新幹線はアルミなど塗装が不要な素材が使われるようになっても、色をまとうことで、企業や路線のブランドといったメッセージを伝えています。塗料も進化し、かつては難しかった彩度の高い鮮やかな色も、耐候性や発色性に優れたウレタン塗料の普及により実現可能になりました。これは路線のイメージアップや、視認性の確保による安全性の向上にも貢献しています。
都市の景観は、動かない建物のような地味な色の「地」と、動く電車や人々のような鮮やかな色の「図」から構成されるそうです。例えば、落ち着いた街並みのベルリンではトラム(路面電車)が鮮やかな黄色であることで、「地」との対比が生まれ、街の景観の中で主役として際立っています。鉄道車両は目立つ存在であるため、地域文化の象徴や町を表現するメディアとなり、地域社会と強い結びつきを生み出しています。
「同じ車両です でも色は全然違います」
そうした車両の外部色は、利用者に「乗りたい」という感情をかき立てる力も持っています。車両の形を説明するのは難しくても、「赤い電車に乗ってね」と言えば、人々に強く伝わるメッセージとなります。鉄道の色に何十年も日常的に繰り返し接触することで、その色は無意識のうちに心に深く定着します。やがてそれは地域のイメージとなり、生活の一部、そして人生の思い出となって、愛着へと繋がっていきます。
阪急電鉄のマルーン色は、バブル期に色の変更が議論されたこともありましたが、光沢の強いウレタン塗装を用いてコストをかけて色を維持し、沿線住民の愛着をより強固なものにしています。色彩は、企業や路線のイメージ、グレード、ブランドに大きな影響を与えるのです。
一方で、あえて色彩を変えることが企業の再ブランディングに活用されるケースもあります。相模鉄道の新型車に採用されている「相鉄ネイビーブルー」は、渋谷・新宿への乗り入れを機にブランド革新を大成功させました。思えば約40年前、国鉄改革の際も、各社が地域ごとに塗色を変えることで、地域密着企業への変革を強く印象付けました。
また、相互乗り入れをする南海電鉄の8300系と泉北高速鉄道(現:南海)9300系は、メンテナンス性向上のため、造形を全く同じにしながら、全く別の車両と認識させることに成功しています。これは、それぞれの会社が持つブランドを、「らしさ」を反映した色彩で表現したのです。この、技術的な合理性とブランド維持の両立は高く評価され、2023年にグッドデザイン賞を受賞しました。
色に惹かれるのはヒトだから?
私たちが鉄道の色彩に深く反応する原因は、カンブリア期に多細胞生物が海に登場して以来、進化の過程で培われてきた生物的な色彩感覚にあるといいます。
特に人類は赤色を認識する能力がずば抜けています。赤は熟した果実や人の顔色など、生命を繋ぐための重要なサインであり、婚姻や祝い事で使われる紅白幕、そして危険を知らせる赤信号にも使われています。また、黄色と黒のストライプは、アマゾンのヤドクガエルが天敵に「近づくと危険だぞ」と知らせる警告色ですが、これは踏切警報機や一部の路面電車が発するサインとも共通しています。
最近の例では、宇都宮ライトレールが挙げられます。その鮮やかな黄色は、安全上の視認性を高めるだけでなく、宇都宮が「雷の都」であり、雷が稲を育てるという地域の物語を表現しています。これにより、住民の納得にもつながっています。
鉄道車両の塗色にファンが熱狂するのは、こうした生存本能や、社会・文化的な意味合いが背景にあるためです。そしてそれは、ファンだけでなく一般の人々にも、ブランド、安全性、そして地域のアイデンティティを雄弁に伝えています。乗客や沿線住民の記憶と愛着に応えるため、鉄道事業者はこれからも色彩の活用をますます深めていくことでしょう。
(本稿は、11月27日に開催された第11回レイルウェイ・デザイナーズ・イブニング2025(RDE)「鉄道と色彩」における講演などを基に構成しました)