JR東日本で貴重になった国鉄形ディーゼル車両ですが、東京から日帰りで乗れる方法があります。その観光列車の運行ルートには、JR東日本の戦略がありました。
残るは観光列車だけ JR東日本の「キハ40系」
国鉄時代に非電化区間を走るローカル線で広く活躍していたのがキハ40系です。1977~82年に計888両と大量に製造され、東京・埼玉・群馬を南北に結ぶ八高線(八王子~倉賀野)や、栃木県の烏山線(宝積寺~烏山)といった関東の路線でも活躍していました。
ところが、国鉄時代に製造されたディーゼル車両(気動車)は、JR東日本では風前のともしびです。今やキハ40系が残っているのは「のってたのしい列車」と呼ぶ観光列車だけとなりました。
それらの中で東京から最も手軽に乗りに行けるのが、新潟県内で主に金曜・土曜・祝日に1日1往復している「越乃Shu*Kura(こしのしゅくら)」です。列車名の「越乃」は新潟県の旧国名である「越後」、「Shu」は「酒」、「Kura」は「蔵」から命名し、「*」(アスタリスク)には「コメ・雪・花」の意味を込めています。
酒蔵数が日本一の日本酒天国・新潟県にふさわしく、車内で好きな地酒を買って味わえる「吞(の)み鉄」にはたまらない列車です。
運行ルートは3つあり、うち「越乃Shu*Kura」が新潟県の第三セクター鉄道、えちごトキめき鉄道の上越妙高駅とJR東日本飯山線の十日町駅、「ゆざわShu*Kura」が上越妙高駅とJR上越線の越後湯沢駅、「柳都(りゅうと)Shu*Kura」が上越妙高~新潟間をそれぞれ結んでいます。いずれもトキ鉄の上越妙高駅を発着するのには、狙いがあります。
筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長・「鉄旅オブザイヤー」審査員)は2025年11月24日、「ゆざわShu*Kura」の25年の“最終列車”で途中の長岡から上越妙高へ向かいました。「越乃Shu*Kura」は厳冬の1、2両月は運行しておらず、年内最後となるのは12月7日の「柳都Shu*Kura」です。
「手軽さ」を取って、希少な車両も満喫する“立ち飲みスタイル”
「越乃Shu*Kura」は片運転台で片開き扉のキハ48形2両(1981年製)と、両運転台で片開き扉のキハ40形1両(1979年製)の3両編成で、改造時に客室の窓を大きくしました。地酒の杯を傾けながら窓外をのぞくと、日本海や越後三山(越後駒ケ岳、中ノ岳、八海山)などの車窓を満喫できます。
3両のうち特に珍しいのは、国内で4つの観光列車にしか残っていないキハ48形です。「越乃Shu*Kura」の他には、JR東日本の五能線を通る「リゾートしらかみ」の「くまげら編成」、トロッコ列車「びゅうコースター風っこ」、JR西日本の観光列車「花嫁のれん」だけです。
ただし、キハ48形に乗り込むには、1号車(34席)の食事付き旅行商品専用車両の予約が必要です。「ゆざわShu*Kura」を全区間利用すると大人で1万2100円と、お値段が張ります。
一方、もう一つの座席付き車両の3号車(36席)は普通車指定席で、乗車券に指定席料金840円を追加すれば乗れますが、残存両数はより多いキハ40形です。
希少さを取るか、手軽さを取るかの判断になりますが、筆者は後者を選びました。3号車は通路を挟んで横2列ずつの背もたれが倒れるリクライニング座席なのに対し、値段が張る1号車は海の方を向いた座席も、3~4人用のボックスシートも固定式という、居住性では“逆転現象”が起きているためです。
そこで、ゆったりと飲食を楽しめ、かつ窓側の席の人が通路に出やすいように「シートピッチを広く取っている」(JR東日本)という3号車に予約しつつ、中間の2号車に連結されたキハ48形で日本酒を“立ちのみ”する方法を考えました。2号車には常時5種類を用意した地酒とおつまみ、記念グッズなどを販売するサービスカウンターと併設し、酒樽のような形のスタンディングテーブルが並んでいます。
酒!酒!酒!選びきれないぞ…
始発駅の越後湯沢から上越線を進んできた「ゆざわShu*Kura」が長岡の3番線へ16時6分に到着すると、大勢のカメラに出迎えられました。この日はJR東日本新潟車両センターに所属する電気機関車(EL)のEF64形とEF81形の旅客営業最後となる客車列車「ありがとうEL号」が長岡~新津間で運用され、「撮り鉄」が大挙していたのです。
「ゆざわShu*Kura」は信越本線に入る長岡からは進行方向が変わるため、3号車の座席の向きを反対にする“恒例行事”があります。筆者は全区間に乗った前回の2024年7月に体験しましたが、長岡から乗り込んだ今回は方向転換済みでした。
16時20分に出発すると、車内放送で「この列車は水と大地の贈り物、快速『ゆざわShu*Kura』上越妙高行きです」と案内がありました。2号車に足を運びたい衝動を抑え、しばらくは座席にとどまります。理由は3つあり、リクライニング座席が快適なのと、車掌の検札、そしてもう1つが「振る舞い酒」を頂くためです。
この日は宮尾酒造(村上市)の純米吟醸酒「〆張鶴(シメハリツル)純」が提供されました。日本酒に詳しい新潟県在住の方に尋ねると「振る舞い酒の王道」だそうで、さすが玄人はだしのチョイスです。
ほどよい辛口を一口味わうと、おつまみを探すために2号車へ向かいました。置かれていたのは直江津駅前のホテルハイマートの「いかげそ天(日本海産)」800円。「〆張鶴」とのマリアージュを、至福の気分で味わいました。
2号車でこの日販売されていた利き酒の5銘柄は、妙高酒造(上越市)の「妙高山 本醸造」(300円)、石本酒造(新潟市)の「越乃寒梅 白ラベル」(300円)、大洋酒造(村上市)の「大洋盛 特別純米」(400円)、原酒造(柏崎市)の「越の誉 特別純米 彩」(500円)、青木酒造(南魚沼市)の「鶴齢 純米 雪男」(500円)でした。
車外からの持ち込みも可能なため、筆者は長岡駅構内の物販店で買ったお気に入りの銘柄「緑川」(魚沼市の緑川酒造)も飲み干しました。
最高すぎる酔い覚ましの「20分停車」
新潟県の銘酒をお供に、国鉄形ディーゼル車両に揺られての旅路は実にぜいたくです。もちろん子どもも乗車できますが、日本酒ワールドの列車だけにこの日の乗客は杯を傾けている大人ばかりで、「飲酒をしても帰路につける」という鉄道ならではの醍醐味を満喫していました。
唯一残念だったのは、日没が早くなっていたため、沿線最大の見所となっている日本海の沿岸に差しかかると既に暗闇に包まれていたことです。
車内放送で「皆様は日本で一番海に近い駅をご存じでしょうか。いくつか候補はありますが、間もなく到着いたします青海川駅もその一つとうたわれています」と流れましたが、17時15分の到着時には夜のとばりが降りた後でした。
停車時間は20分近くあり、2024年7月の前回乗車時は目の前の海岸に押し寄せる波を目で追うことができました。今回は波が近づき、引いていくのを耳で確認するだけでしたが、「どうぞホームにて日本海の風、海の香りをご体感ください」という車内放送に“誇大広告”はありませんでした。
日没が早い時期には、2号車に置いている地酒を乗務員が紹介すれば販売促進につながるのではないかと考えました。例えば「『越の誉』は、この青海川駅のある柏崎市のお酒です」などと伝えれば、利き酒の売れ行きがさらに伸びたかもしれません。
なぜ上越妙高発着?
「越乃Shu*Kura」は2014年の新潟デスティネーションキャンペーン(DC)に合わせて誕生し、3つの運行ルートとも、当初は信越本線(現・えちごトキめき鉄道)高田駅を発着していました。
しかし、翌15年3月に北陸新幹線の長野~金沢間が延伸してからは、新幹線停車駅の上越妙高発着に変わりました。これは新幹線を利用した旅行を促す「着地型観光列車」にする狙いがあり、いずれのルートも上越新幹線停車駅の長岡に立ち寄るのもそのためです。
「吞み鉄」と「乗り鉄」の満喫にとどまらず、ディーゼルエンジンの重厚な音色を響かせて走る国鉄形ディーゼル車両のため「撮り鉄」と「音鉄」の意欲もかき立てる「越乃Shu*Kura」。“鉄分”豊富な味わい深い列車ができるだけ長く走り続けることを願っています。