かつての航空自衛隊の主力戦闘機F-104「スターファイター」は、空自から退役後、珍しい“第2の人生”を送った機体が存在します。どういったものなのでしょうか。
1986年に全機が空自から退役
「最後の有人戦闘機」とも称されるロッキードF-104「スターファイター」は、航空自衛隊の主力戦闘機として1960年代から1980年代にかけて活躍しました。日本では当初200機をライセンス契約により国産化することが決定され、その費用の72%を日本政府が負担し残りの28%をアメリカ政府による資金援助によって賄われることになりました。これらのなかには、珍しい“第2の人生”を送った機体が存在します。
航空自衛隊仕様のF-104JはNATO諸国が採用したF-104Gから対地攻撃機能を外した迎撃専用機として生産され、1967年までに合計230機が配備されました。それらの機体は最初の20機と複座型20機はロッキード製を国内で再組立てしたもので、残りの190機は三菱重工で国内生産された機体でした。
航空自衛隊のF-104はその後、F-4 「ファントム」戦闘機の導入、さらにF-15「イーグル」戦闘機の導入に伴い1986年に全機が退役しました。この時に状態が良好だった37機は導入時の援助相当分としてアメリカに返還されました。
日本製戦闘機としては珍しい「第2の“お勤め”」とは
一方、お隣の台湾においてもF-104 は1960年代より合計282機のF-104を使用してきました。それらはアメリカのロッキード社とカナダのカナディア社で製造されたF-104Gが中心でしたが。1980年代に増備された機体は西ドイツ、ベルギー、デンマーク空軍で退役した中古機に加え、航空自衛隊からアメリカに返却された機体が含まれていたのです。
元自衛隊の機体としては単座のF-104Jが31機、複座のF-104DJが6機、1987年から1988年にかけて台湾空軍に引き渡されています。それらの機体は1999年までに退役しているので、台湾空軍で約10年間にわたっての第2の“お勤め”を果たしたことになります。
台湾空軍で使用された複座のF-104DJはロッキード社で製造されたものを国内で再組立てした機体ですが、単座のF-104Jは日本の三菱重工がライセンス生産したものです。日本から直接輸出されたものではありませんが、日本で製造された戦闘機が海外の空軍で使用された珍しいケースといえます。
尚、台湾の岡山市にある航空教育展示館では台湾空軍で使用されていた単座型のF-104Gと複座型のF-104Dが展示されています。そのうちのF-104G”4344”号機はカナディア社製のF-104Gで、1967年1月13日、中国空軍のJ-6(MiG-19)戦闘機をAIM-9B「サイドワインダー」空対空ミサイルで撃墜した記録を持つ、いわゆる”ミグキラー”です。
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