ツーリング先ですれ違うライダー同士が交わす挨拶「ヤエー」。この独特の文化は、一体いつ、どのようにして始まったのでしょうか。
始まりは北海道のピースサイン
バイクに乗っていると、対向車線のライダーからピースサインなどで挨拶をされることがあります。
このライダー独特のコミュニケーションは「ヤエー」と呼ばれていますが、その通称が生まれるずっと以前から、挨拶を交わす文化そのものは存在していました。
その起源は、日本のツーリング文化が盛り上がり始めた1970年代初頭にまでさかのぼるそうです。特に1980年代から90年代の北海道では、この挨拶は特別な意味を持っていました。
携帯電話もない時代、広大な大地でのツーリングは常に危険と隣り合わせ。すれ違うライダーは「同じ道を旅する仲間」であり、その安全を祈る切実なメッセージがピースサインに込められていたのです。
そんな歴史ある挨拶に「ヤエー」というユニークな名前が与えられたのは、2003年9月15日のこと。インターネット掲示板「2ちゃんねる」(現・5ちゃんねる)のバイク板で、あるユーザーが喜びの雄叫び「Yeah!」を「Yaeh!」とタイプミスしたのが始まりです。
この「ヤエー」という固有の名前が与えられたことで、それまで自然発生的だった挨拶の文化は、インターネット上で共有・拡散されやすい、ひとつの明確な現象として再定義され、新たな担い手を得て活性化するきっかけとなったのです。
進化し続ける「ヤエー」の作法と今
「ヤエー」は単なる挨拶ではなく、互いの道中の安全を祈り、同じ趣味を持つ仲間としての連帯感を確認する、多層的な意味が込められています。
登山者同士が挨拶を交わすのと似ており、ツーリングという孤独な行為のなかで、他者とつながる喜びを分かち合う行為と言えるでしょう。
もちろん、そこには安全を最優先するという暗黙のルールが存在します。カーブの最中や交通量の多い市街地など、危険な状況では挨拶をしないのが鉄則です。
こうした暗黙のルールは単なるマナーではなく、挨拶という行為自体が持つわずかな危険性を管理し、安全祈願という本来の目的が損なわれないようにするための、ライダーたちの集合的な知恵と言えるのではないでしょうか。
また、相手から返事がなくても気にしてはいけない、というのもライダー間の不文律です。もちろん、こうした挨拶を好まないライダーも存在するため、返事がないことを気にしないという姿勢は、多様な価値観を尊重するうえでも重要です。
現代の「ヤエー」文化は、有志による無償のステッカー配布という草の根的な活動と、大手企業が提供するデジタルアプリという2つの異なる形で進化を続けています。
これは、アナログなコミュニティの絆と、テクノロジーによる新しいつながりの形が共存している現代の姿を象徴していると言えます。
アナログな挨拶から始まった文化は、時代に合わせてその姿を変えながらも、ライダーたちのつながりたいという想いを乗せて、これからも道で育つ文化として生き続けるはずです。
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