
英国初の高速鉄道物流会社が、躍進を続けています。新幹線の荷物輸送を本格化するJR東日本とは比べものにならないほど小さなベンチャー企業ですが、その勢いは止まりません。その発起人は運転士歴20年の元鉄道マンでした。
運転士から高速貨物鉄道の起業家へ
新幹線を利用した高速・大口の荷物輸送サービス「はこビュン」をJR東日本が正式に事業化しました。筆者(赤川薫:アーティスト・鉄道ジャーナリスト)の住む英国でも、似たようなサービスを提供する英国初の高速鉄道物流会社バラミス・レイル(Varamis Rail)が大きな話題を呼んでいます。JR東日本とは比べものにならないほど小さなベンチャー企業ですが、その勢いは止まりません。
電車の運転士を20年勤めた鉄道マンから、一念発起して同社を起業したフィル・リード氏。「今でも毎日自分の頬をつねってみるほどの奇跡」と自身の成功を振り返ります。
しかし、筆者がリード氏にインタビューをして見えてきたのは、それは偶然ではなく、200年の歴史を誇る英国の鉄道の「穴」を知り尽くしていた運転士だったからこそつかみ取れた、「必然の成功」だったということです。
定期運行から約2年でロンドンに延伸の快挙
機関車で牽引(けんいん)する従来の貨物列車は、大量輸送には強いものの、速度がそもそも遅いうえに、終着駅では機関車の付け替えが必要だったり、旅客用の駅や路線などに入れなかったり、貨物専用のターミナル駅が市中心部から離れた郊外に設けられていて、そこからトラックに積み替えて小売店まで配送する手間がかかったりと、迅速な輸送には不向きな点が多々あります。
2023年に定期運行を開始したバラミス・レイルは、そうした旧来の方式ではなく、160km/h以上の速さで走れる交流型電車から客席などを取り払い、キャスター付きワゴンに入れた貨物を壁に固定した状態で運びます。
これによって、トラック輸送と変わらない速さで大都市間の高速貨物輸送を可能にしました。トラックよりも人員数を減らせるのも魅力です。
現在は英北部スコットランドから約450km離れた英中部の都市バーミンガムまで、平日の深夜帯を利用した定期サービスのみですが、2025年5月に延伸し、ロンドンのターミナル駅であるリバープール・ストリートまで乗り入れる計画を発表しました。同駅周辺には商業施設が立ち並んでいるため、到着した高速貨物列車から徒歩や電動三輪車で配送を完了できるのが強みです。
英国中の鉄道インフラを知り尽くした運転士ゆえの強み
実は、似たような高速貨物鉄道の構想は過去にもありました。
例えば2021年にはロンドンの主要駅のひとつ、ユーストン駅に試験運転で乗り入れた会社もありましたが、バラミス・レイルよりも一歩先んじていたにもかかわらず、結局は計画を断念して撤退しています。
ライバル社と明暗を分けた理由は、環境にやさしい列車を採用したことにありそうです。リード氏は「様々な会社で電車を運転してきた過去の経歴から、どのような車両が、いつ現役を引退して、どこで放置されているかを熟知していたため」と説明します。
前述の競合他社が試験運転で用いた列車は、排ガスが問題となっているディーゼル車だったのに対して、リード氏は、環境にやさしい旅客用の電車が不要になるという情報をつかみ、それを入手して貨物用に改造したのです。
同社の高速貨物鉄道で使用している車両はイギリス国鉄321形です。その1編成だけでトラックによる運送に比べて年間3000トンのCO2(二酸化炭素)削減につながります。
環境問題に敏感な欧州の企業や投資家からの支持を得られたことにより、競合他社が成しえなかった、英国で「初にして唯一の高速貨物鉄道」という称号を得られたのです。
鉄道200年史の「ひずみ」に着目
リード氏の知識は、列車だけではありません。様々な設備に運転士として出入りするうちに、200年の長きにわたる鉄道史の中で生まれた余剰施設にも目を付けていました。
現在、バーミンガムで利用しているプラットホームは、旧国鉄が小包サービスのために利用していましたが、同サービスが廃止された2001年からあまり使われていませんでした。
また、スコットランドでは英国の郵便事業、ロイヤルメールのために建設された施設を使っています。ロイヤルメールは、鉄道の商業利用が始まった5年後の1830年には列車による郵便輸送を始めましたが、2024年10月に完全撤退しました。スコットランドで使っている施設に加えて、約200年の間に建設された英国全土のロイヤルメールの鉄道施設がすべて不要になったのです。
今後は、そうした施設を利用して事業拡大し、5年後には逆にロイヤルメールの郵便を受注できるまでに成長したいと、リード氏は語ります。
隙間を狙ったスリムな体質を保ちつつ、どこまで事業拡大していけるのか、バラミス・レイルの今後から目が離せません。