今宵は”コの字酒場”で酔う。溢れる人情がごちそうなのだ(居酒屋/東京)

つい通いたくなるコの字酒場の魅力とは 人は酒場に何を求めて通うのだろう。たとえば、ひとりやふたりで気ままに飲む時。旨い酒に肴か、流れる空気感や居心地の良さか。

常連客とのたわいない会話を楽しむのもいい。
時に大将の心意気に明日への活力をもらい、女将の笑顔にホッと癒されて帰る。

とりわけ「名店」と呼ばれるコの字酒場には、その多くの要素が詰まっているんじゃないか。
そう思い始めたのは、それなりに歳を重ねた大人になってからのことだ。

言うまでもないが、ここで「コの字酒場」とするのはコの字カウンターがある店のこと。正統派と呼ぶべき形があれば、細長いそれも、ちょっと変形だってある。

店の主はカウンター内を自在に動きまわり、仕込みや調理などの仕事をし、完成した料理を提供する。客はその様子を酒片手に眺めながら、自慢の味と雰囲気を楽しむ。

その間合いが、ちょうどいい。
『豚太郎』は女将の増田記子さんがひとりで切り盛りする店だ。

おばんざい 500円〜
たまに夫が手伝うこともあるが、基本はひとり。昼の買い出し、仕込みから夜の営業まで、その働きっぷりといったら頭が下がるほど。開店は少し遅めの19時半だが、その直後には常連客がひとり、またひとりと集まってくる。

そして彼らがカウンター上の大皿料理をひと通り眺めるさまは、まるでご馳走を前に瞳を輝かせる子供のようだ。コの字という形は、女将の作業の進み具合やほかの客の動作も見えやすい。

だから、注文の頃合いをはかれるし、隣客がつまんでいる肴を「それ、こっちも」と頼んだり。それがまたいい。

女将の料理は、その人柄のように素朴で優しく、誠実で、美味しい。ある常連が言った。

「ただ料理を出すだけじゃなくて、旬の食材の味や特徴を教えてくれる。昔はそういうのはおばあちゃんとかがしてくれたけど、今は家族の在り方も変わったからね」。

聞いていた数人が、自然と頷く。コの字は会話がしやすい。客同志も、店主とも。かといって、ベッタリ話す訳じゃない。L字カウンターもそうなのだけど、コの字は角がひとつ多いから、見える顔も多い。魅力のひとつはそこにある。

正統派の形と言ってもいいだろうか。大森で45年以上愛されてきた『蔦八』のコの字のことだ。

左手前:アジ南蛮漬 580円、右奥:煮込(大)玉子入 780円
使い込まれたカウンターは、店主だけでなく常連客もそれを大切に扱ってきたことが伺える。
小綺麗で凛とした雰囲気。中央には大きな煮込みの鉄鍋。これまたコの字酒場では珍しくない光景だ。名物の味が、今日も変わらず客を待っている。
昨年、一時閉店したこの店を屋号もそのまま受け継いだのは、常連でもあった土屋一史さん。
実は銀座で数店の飲食店を経営する社長なのだが、「古い酒場が無くなるのは残念」との思いから、店舗経営の経験を生かして再開。自ら店に立っている。

料理や接客を手伝うのは、土屋さんのご両親。そのアットホームな雰囲気と、広いコの字がある入りやすさから、最近は女性客も増えたという。大森の名店今なお健在、である。
常連客と並んで飲むカウンターの醍醐味 嬉しそうに飲み語らう常連客が印象的なのは『蔵』。

串焼き 1本80円~
ここのコの字はキュッと細長い。だから前や斜めの客と客が近い。カウンターと椅子が高めなので中の店員と同じ目線で話せるし、客同志の程良い距離感も、独特の一体感を作り出している。
客の年齢層は幅広い。平日15時の開店を待ちわびて来る高齢の地元住民もいれば、仕事帰りに一杯の会社員や若いカップルも。ちなみに店員にはミャンマーから来た学生アルバイトもいて、愛想が良く働き者。馴染み客は孫のような歳の学生とのやり取りも楽しいようだ。
そんな常連には定席があるが、もちろん一見が座っても嫌な顔をする人はいない。逆に一見に優しい。70歳ぐらいだろうか、ほろ酔いの男性が話し掛けてくれた。「この店、初めて? 安くていいだろ。オレは毎日通ってんだ。まあ、一杯おごるよ」。

まるで自分の店のように自慢する。その誇らしげな顔もまたいい。店主の石川晃さんは話す。
「料理の美味しさや安さはもちろん大事だけど、心掛けているのは楽しめる店。実はこの空気感というか雰囲気づくりが大切で、難しいとも思うんです」

それは店と、通う客とが築き上げていくものかもしれない。
今回紹介するコの字酒場にそれぞれ、その店にしか出せない魅力的な〝雰囲気〟があるのは、詰まるところ、そこに人情があるから。
改めてそう噛み締めると、今すぐにでも、コの字酒場で酔いたくなる。
今回の記事の店舗情報 豚太郎(最寄駅:武蔵小山駅) 豚太郎|故郷に帰ったようなほっこり酒場で一献(居酒屋/武蔵小山)
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