ひとつの空港に「3つ目のアクセス鉄道」それでも大成功!? 新線開業が”悲願”だった「絶妙な理由」とは

ロンドン市街とヒースロー空港をむすぶ新たなアクセス路線「エリザベス線」の開業から1年半が経とうとしています。業績は上々で「大成功」とされていますが、その要因はなんだったのでしょうか。

開業から1年で1億5000万人以上が利用

 英国の首都ロンドンの空の玄関口・ヒースロー空港に乗り入れた新しい鉄道路線「エリザベス線」の快進撃が止まりません。  ロンドン市長のサディク・カーン氏が「大成功」とたたえたことや、2022年5月の開業から1年で1億5000万人以上が利用したことが大きなニュースとなっています。”待望の新線”がここまで好調の原因はなんでしょうか。

 これまでヒースロー空港からロンドン中心部へ鉄道で行く場合は、以下の2路線がありました。(1)ヒースロー・エクスプレス:ロンドン市内北西部のターミナル駅パディントンまで15分で着くノンストップ列車。(2)地下鉄ピカデリー線:地元輸送も担う市営地下鉄で、ほぼ2分おきに駅に停車していく。都心まで1時間は見たほうが無難。 ヒースロー・エクスプレスはパディントン駅までは早いものの、そこが終点。ロンドン中心部の外れにあり、官庁街や繁華街などに行くには、さらに地下鉄やバスに乗り換える必要があります。一方、ピカデリー線は老舗高級デパートのハロッズなどがある繁華街や、バッキンガム宮殿、パリ方面のユーロスターが発着する「セント・パンクラス駅」に直接行ける利点があるものの、とにかく停車駅が多く時間がかかり、どちらも一長一短でした。 そこに導入されたのが3つ目のアクセス鉄道「エリザベス線」です。パディントン駅まではヒースロー・エクスプレス同じルートを経由しますが、そのまま中心部のビジネス街や観光地を通り抜け、さらに郊外まで直通していくという、大変使い勝手の良い路線なのです。ヒースロー・エクスプレスがパディントン駅でしか地下鉄に乗り換えられないのと異なり、エリザベス線は様々な駅で地下鉄と接続があることも侮れません。

既存の2路線の「ちょうど真ん中」のサービス!?

 利便性に加えて、ライバル2路線のメリットの”すき間”を戦略的に突いた、絶妙な価格と所要時間も肝ではないでしょうか。 ロンドン市内まで約15分で結ぶ「速さ」が売りのヒースロー・エクスプレスに比べ、所要時間は2倍の約30分ですが、そのかわり値段は25ポンドに対し12.8ポンドとほぼ半額です(片道通常運賃。1ポンド=約185円)。一方、地下鉄ピカデリー線はエリザベス線と比較して所要時間が倍のかわりに、片道通常料金が6ポンド前後と「安さ」が売り。つまり、両路線の痛いところを突いたちょうど中間の「折衷形」になっているのです。 さらに、空港アクセスとして求められる「定時率」にも強みがあります。 これまで、高額なヒースロー・エクスプレスは対価に見合ったサービスをということで、大幅遅延や間引き運転が常態化する欧州にあっては驚異的な運行成績を誇っていました。鉄道規制庁の発表資料によると、2020年度の定刻率(1分以内の遅延)は圧倒の89%、キャンセル率はわずか2%でした。しかし、この年をピークにストライキ続発などの影響で下り坂となり、2022年度の定刻率は79%。キャンセル率は倍以上の4.3%になっています。 これでも遅延だらけの欧州では未だに成績優秀と言えるのですが、同資料によるとエリザベス線の2022年度の定刻率は86%、キャンセル率は2.4%と、さらに優秀です。「速さ」が売りのヒースロー・エクスプレスなのに、所要時間の差がたった15分しかないエリザベス線に定刻率で負けているのは、乗客の心移りを誘います。 実際、英国の日刊紙タイムズによると、ヒースロー・エクスプレスの売り上げはエリザベス線の開業で打撃を受けています。ヒースロー空港の乗客数はコロナ前の状況にほぼ戻ったにも関わらず、ヒースロー・エクスプレスの収益は2023年最初の四半期で2200万ポンドで、2019年の同時期の3分の2に止まったそうです。 タイムズの取材時から収益は改善されたかヒースロー・エクスプレスに問い合わせたところ、記事の趣旨を逆質問された末、エリザベス線との比較だと知ると回答をはぐらかされました。ホームページ上の定刻率の記載も最新のものではなく、2020年度の輝かしい過去の栄光のものから更新されていません。

そもそも「市民の足」として超有能!?

 エリザベス線は地下鉄からも客を奪っています。エリザベス線と地下鉄の双方を運行するロンドン交通局の関連組織、エリザベス線委員会が「2023年1月にエリザベス線を利用した乗客の19%が、元々は地下鉄利用者」と発表しています。当初予想の「乗客の40%が地下鉄からの移行になる」という強気の想定には及びませんが、ヒースロー空港からピカデリー線を利用していた客層の一部がエリザベス線に移行していることを、鉄道会社の関係者も認めています。同資料で興味深いのは、空港に乗り入れて直接競合するピカデリー線だけでなく、地下鉄で最も混んでいると言われていたセントラル線や、都心と郊外の高級住宅街を結ぶジュビリー線からも乗客がシフトしていることです。ロンドンを東西に貫く輸送需要として、エリザベス線が受け皿となった形です。 私は天候もエリザベス線に味方したのではないかと見ています。上記の地下鉄3路線は、古いトンネル構造のせいもあって、何といまだにクーラーがありません。エリザベス線の開業直後の2022年夏は記録的猛暑で、英国政府が国家非常事態宣言を出す騒ぎでした。冷房完備の新車両であるエリザベス線、「開業1周年で1億5000万人達成」に昨夏の猛暑が一役買った可能性は無視できません。 さらに想定外の追い風となったのは、2023年1月にエリザベス線を利用した乗客の30%が「新規顧客」だったこと。マイカーからエリザベス線へ移行した乗客に加えて、「エリザベス線だから乗った」という乗客です。エリザベス線に乗ること自体がもはやブームになっていると言えます。 モーダルシフトで気候変動対策にも役立った鉄道路線。このブームを一過性のものにせずに固定客に取り込めるかが、今後の課題かもしれません。

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