「浮間舟渡」のヒミツを知っているか 北区と板橋区の境界に駅 かつて片方は“埼玉”!?

JR東日本の駅として東京23区内最北端に位置する埼京線の浮間舟渡駅は、北区と板橋区の境界をまたいでいます。そうなった原因は昭和初期にまでさかのぼります。

駅のあった場所はかつて川だった!?

 JR東日本の駅として東京23区内最北端に位置する埼京線の浮間舟渡駅は、ホームのほぼ中間に北区と板橋区の境界があります。北区浮間と板橋区舟渡にまたがっていることから、1985(昭和60)年の埼京線開業と共に置かれたこの駅は、浮間舟渡と名づけられました。

 浮間と舟渡、どちらも水場をイメージする地名ですが、このうち舟渡は、かつて駅の辺りに渡し舟があったことに由来しています。その舟は浮間村(浮間)から現在の板橋区小豆沢あたりまでを結んでいました。 実は駅がある場所は、1911(明治44)年から1930(昭和5)年にかけての荒川の河川改修工事で陸地になった場所で、かつては荒川が流れていました。工事前の荒川はかなり蛇行しており、そのことが原因で水害を頻繁に引き起こしていました。その暴れ川を長い時間かけて直線化したのが今の姿になっています。 そのため、昔は荒川が境界だった場所に駅舎があるという形になっており、ホームの西側半分は板橋区、東側半分が北区の範囲にあります。なお、浮間に関しては荒川直線化工事の前は荒川左岸にあり、埼玉県と地続きだったため同県に属していましたが、工事の結果右岸側となり、1926(大正15)年に東京府(現・東京都)へ編入されたという経緯があります。 旧荒川の名残は駅前にある浮間公園で確認することができます。公園にある浮間ヶ池はもともと、工事をした結果残ってしまった三日月湖と呼ばれる旧流路の一部でした。戦前の航空写真を確認すると浮間舟渡周辺には、ほかにも埋め立てられる前の三日月湖を確認することができます。

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