シトロエンから広まった車の駆動方式とは? 当時から早すぎた先進性 斬新な技術大好き創業者

2月5日は、シトロエンの創業者であるアンドレ・シトロエンが生まれた日です。革新的な技術が好きなシトロエンはあるクルマをいち早く市場に送り出します。FF(前輪駆動)です。

前輪駆動とモノコック構造をいち早く採用

 フランスの自動車ブランド、シトロエンの創業者であるアンドレ・シトロエンは1878年の2月5日に生まれました。そのシトロエンは、1934年に画期的なクルマを開発します。「トラクシオン・アバン」と通称されるFF(前輪駆動)とモノコック構造をいち早く採用し、後のクルマ開発に多大な影響を与えるモデルとなりました。

 そもそも、トラクシオン・アバンという言葉がフランス語に直すと「前輪駆動」を意味するもので、本当の車名は7CVです。駆動形式がそのままクルマを示す愛称になってしまったのには理由があります、当時FFを採用しているクルマは、ほとんどなかったのです。 FFそのものは、1769年に作られた初の蒸気自動車であるキュニョーの砲車にも搭載されていました。しかし、当時はプロペラシャフトの技術が未発達で、前輪駆動力を伝える力が難しかった影響で、初期の自動車はリアにエンジンを置いて後輪を駆動するRR方式が取られていました。その後、19世紀末に、エンジンをフロントに搭載して後輪を駆動するFR方式が採用登場すると、この方式が20世紀初頭から主流となりました。 シトロエンは元々ヘリカルギアや大砲用の砲弾製造を行っていた会社でしたが、1919年に自動車製造へ参入します。オールスチールボディー、四輪ブレーキなど当初から先進技術の取り入れに熱心だったアンドレ・シトロエンは、FF車の開発も考え試験もしていました。 そして、1933年にルノーからエンジニアのアンドレ・ルフェーブルがやってくると、FF車の新たなアイデアを提案し、短期間での突貫開発で7CVを完成させます。 ルフェーブルは、FFの他にも、エンジンやトランスミッション、ドライブシャフトなどがフロントに集中したことを活かし、骨組みで全体の強度や剛性を持たせるモノコックボディも採用しました。 トラクシオン・アバンはその後、1957年まで派生シリーズが製造されていきました。時代を先取りしたFFの方式は、いまやほとんどの日本車が採用。自動車業界でのスタンダードな技術となっています。 しかし、同車を生産するための工場増設などよる急速な事業拡大が影響し、シトロエンは経営難に陥ります。クルマはヒットしましたが、ミシュランに支援を頼んだ影響で、アンドレ・シトロエンは経営から身を引き、1935年7月3日、失意のうちに病死してしまいました。

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