伊丹空港が開港した日 大部分が兵庫県内でも「大阪国際空港」 -1939.1.17

84年前の1939年1月17日、大阪府と兵庫県にまたがる現在の大阪国際空港が開港しました。

戦前から飛行機旅行を支える…はずだった空港

 今から84年前の1939年1月17日。現在の大阪国際空港が「大阪第二飛行場」として開港を迎えました。 もともと大阪の飛行場機能は、大正区の船町地区にあった、日本初の公共用飛行場「木津川飛行場」が担っていました。当時は飛行機での移動が市民に普及し始めた時期であったほか、大連などの海外租借地に日本人が住むようになり、飛行機の発着回数は飛躍的に増加。年間8800回を超える過密状態を解消するため、郊外に設置されたのが、第二飛行場でした。 開港後は折しも戦争が激化し始めた時期。軍用機の姿が増え始め、1941年からは陸軍専用の飛行場となり、そのまま終戦を迎えます。GHQから返還され、再び旅客機の発着が始まったのは、1958年のことでした。1970年には長さ3000mのB滑走路が完成し、現在に至ります。 もともと「大阪第二飛行場」であった名残から「大阪国際空港」の正式名称が付けられていますが、実際の空港敷地は、兵庫県伊丹市、大阪府豊中市、大阪府池田市に複雑にまたがっています。伊丹空港という愛称は、豊中市によると陸軍専用時代の「伊丹飛行場」という名称の名残だとしています。 1969年に阪神高速池田線が空港まで開通し、空港アクセスとしてリムジンバスが多数走るようになりました。長らく鉄道アクセスがありませんでしたが、1997年に大阪モノレールが空港に乗り入れを果たします。 関西の航空需要を一手に引き受けていた伊丹空港は、騒音問題による地域住民との軋轢も抱えていました。根本的な解決策としてもうひとつの国際空港が海上に建設され、1994年に「関西国際空港」として開港を迎えています。  

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