「あれ、どこから乗るの?」 常識を覆し続ける“座席だけ”車両 特急の「生まれつき0扉車」に乗った

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鉄道の旅客車両には、駅で乗り降りするための乗降扉が側面に付いているのが一般的です。ところが、中には生まれながらにして扉を省いた「0扉車」が存在します。

乗降扉がない!

 夫婦漫才コンビ「春日三球・照代」は、「地下鉄の電車はどこから入れたの?それを考えてると一晩中寝られないの」と問いかける地下鉄漫才で1970年代に一躍有名になりました。この問いかけに倣えば、「電車にどこから入れたの?」と尋ねられそうなのが、側面に扉が全くない「0扉車」です。

 筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)は製造当初から側面に扉が全くない車両に乗り込み、利用者にどのように乗降を案内しているのかを探りました。

 東武スカイツリーライン(伊勢崎線)の起点の浅草駅で2階に向かい、自動改札機を抜けると頭端式ホームが並んでいます。特急ホームに入るには、手前に有人改札が待ち受けています。赤城(群馬県みどり市)までの特急券を提示し、3番線にたどり着きました。

 そこに鎮座していたのは、特急「りょうもう」赤城行きの1991年に登場した200系。2025年3月のプロ野球大リーグ(MLB)の「MLB Tokyo Series」開催記念と銘打ち、ラッピングを施した206編成でした。紺色をベースに白色と赤色のラインが入り、流線形になった先頭部にはMLBのロゴをあしらっています。

 筆者は座席を予約した4号車に向かいますが、この車両は6両編成で唯一乗降扉がない車両です。したがって、同じ車両に乗り込むことは不可能です。

 残る5両に1か所ずつある客室扉のいずれかから乗り降りし、通路を歩いてから貫通路を通って4号車に入ることが必要となります。

 しかし、浅草駅のホームでは4号車の予約客に対して「他の車両からご乗車ください」という案内はしていませんでした。ホームを歩いていれば他の車両の扉は開いているため、特段知らせる必要はないことが背景にあります。

びっっっしり座席で埋まった「壮観」

 浅草側に連結した5号車の乗降扉から乗り込み、貫通路を通って4号車に移ると壮観な光景が待ち受けていました。通路を挟んで左右二つずつの回転リクライニング座席が19列にわたって並んでおり、車両の反対側まで計76席がびっしりと詰め込まれているのです。

 他の車両は乗降扉の部分にデッキがあり、乗務員室や便所などを設けている場合もあります。ところが、4号車は客室以外の設備はないため、座席だけが並んでいるのです。

 そもそも定員を確保することが「0扉車」を導入した狙いのため、全て座席で埋めた判断は理にかなっています。

テーブルが2つ、でも両方は使えない不思議

 予約した座席に腰かけると、足元がややタイトな印象を受けました。座席の前後間隔(シートピッチ)は98.5cmと、JR在来線の特急列車とあまり変わりません。ただ、座席がずらっと並んでいることもあり、座席に包囲されて手狭な錯覚を受けます。

 違和感があるのは、客室の両端以外にはテーブルが2種類用意されていることです。前の座席の背もたれに折りたたみ式のテーブルがあり、壁際にも折りたたみ式の横長の机が取り付けられています。しかし、これらの両方を広げるとぶつかってしまうため、併用できません。

 これはリニューアル前の座席には背もたれの折りたたみ式テーブルがなかったため、横長の机を使っていた名残です。リニューアル前の一部編成は、かつて浅草~東武日光・鬼怒川公園を結ぶ特急列車に使っていた「デラックスロマンスカー」(DRC)1720系の座席を流用し、モケットを張り替えていました。

 筆者が以前乗ったときはこの編成で、「DRCの座り心地だ!」と感激しました。足元にはフットレストが付いていたものの、足元が狭いため使わなかったことを覚えています。これらの編成にリニューアル後設置された座席には、フットレストが付いていません。

 浅草を出発した200系はのろのろと隅田川を渡り、とうきょうスカイツリー駅を出ると、懐かしい主電動機(モーター)の音を響かせました。現存する編成の足回りはDRC1720系や、1956年に登場した特急形電車1700系のモーターや台車、ブレーキ装置を流用しているため、昭和時代の東武特急の走行音を今も響かせているのです。

 一部編成で活用されていたDRCの座席こそ一掃されたものの、今も足元を支えていることは、いかに耐久性が優れているのかを物語ります。

「乗降扉はありません」の案内はあるのか!?

 さて、4号車に乗り込むときには、車両に乗降扉がないことの案内はありませんでした。逆もまたしかりで、下車時も案内をしないのでしょうか。

 東京都内のとうきょうスカイツリー、北千住に続く停車駅の東武動物公園(埼玉県宮代町)、久喜(久喜市)では1、3、6号車の乗降扉が開かないため、車内放送の自動放送で「2号車の後ろのドアと5号車の前のドアが開きます」と案内がありました。

 それでは、全ての扉が開く加須(加須市)以遠ではどう放送するのでしょうか。「お出口のないデッキは1号車と2号車の間、5号車と6号車の間です」と伝え、便所を設けたこれらのデッキに乗降扉はないことに注意を促しました。

 ただ、車内放送では4号車の乗降扉がないことに触れずじまいでした。

 4号車から乗降できないことの手がかりとなるのは、座席の折りたたみ式テーブルの背面部に記された編成案内です。この案内を確認すれば、4号車には乗降扉がないことが分かります。

改造車ではけっこうある「0扉車」

 新造時から側面扉が全く設けられていない「生まれつき0扉車」という極めて異色の旅客車両は、国内では東武200系の“専売特許”と言えそうです。

 一方、新造時から側面に扉はあっても、乗降扉はない旅客車両は他にもあります。その一つが同じ東武の浅草~東武日光・鬼怒川公園をつなぐ特急列車の一部に使われている「スペーシア」100系の3号車です。この車両ではかつて飲食を提供するビュッフェとサービスカウンターが営業していた関係で、業務扉は設けられています。

 改造車の場合、側面扉が全く付いていない「後から0扉車」がトロッコ列車で散見されます。群馬、栃木両県を走る第三セクター鉄道「わたらせ渓谷鐵道」のトロッコ列車「トロッコわたらせ渓谷号」の客車「わ99形」の中間2両はその一例です。これら2両は京王帝都電鉄(現・京王電鉄)初代5000系を改造した際、側面扉をなくしました。

 JR四国の愛媛県と高知県を結ぶ予土線で運行しているトロッコ列車「しまんトロッコ」で、国鉄時代に製造された無蓋貨車トラ45000形を改造した客車も側面扉はありません。

 乗降扉のない変わり種は、南海電気鉄道が難波~天空橋間で2026年4月24日に営業運転を始めた観光列車「GRAN天空」で、4両編成のうち4号車は客室の乗降扉がありません。種車になった1990年登場の電車2000系には両開き扉が側面に2か所ずつありましたが、4号車では全て取り外し、窓付きの外装板をはめ込む「はめ殺し」にしました。

 4号車にはソファ席「グランシート」と特別席「グランシートプラス」を配置しており、乗降扉を取り払うことで居住性が優れた空間に仕上げました。ただし先頭車のため、乗務員室に出入りする側面扉は残されています。

 乗降扉を省くことで定員を確保したり、広々とした空間を設けたりできる利点がある一方、同じ車両から乗り降りできた方が便利だとの意見もあります。果たしてどちらが望ましいのかは「出口のない」議論になりかねないため、この辺にしておきましょう。