代替バスも9年で撤退か JRの長大廃線が「2度目の廃線」危機 加速した客離れ

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赤字のローカル鉄道を廃止する動きが後を絶たない中で、廃止されたJR路線の代替バスがわずか9年後に白旗を揚げました。

沿線自治体は存続を要望

 中国地方最大の河川、江の川に沿って三次(広島県三次市)~江津(島根県江津市)の108kmを結んでいたJR西日本のローカル線「三江線」は、2018年3月末をもって運行を終え、廃止されました。鉄道に代わって地域の足となる代替バスが4月に開設され、市町をまたぐ「幹線」と呼ばれる5路線が誕生しました。そんな幹線の一つが、2027年3月末で廃止する方針になったことが分かりました。

 その路線は、JR山陰本線江津駅を経由し、三江線の駅があった石見川本(島根県川本町)と、島根県済生会江津総合病院(江津市、停留所名は「済生会病院」)または江津高校前を結ぶ石見交通の路線「江津川本線」(42.3km)です。

 地元の有力紙、山陰中央新報の記事によると、石見交通が江津市、川本町に廃止の意向を示しました。三江線の代替バスの幹線で廃止方針が明らかになったのは初めてです。

 江津川本線は住民のニーズがある医療機関や商業施設、道の駅、江津市役所、学校にも立ち寄るようにし、利便性を高めました。また、国と島根県、沿線自治体の江津市、川本町は江津川本線の運行のために石見交通へ補助金を出しており、2023年10月~24年9月末の1年間には計3338万8000円を支給しました。それでも石見交通は利用者の低迷を理由に、白旗を揚げた格好です。

 川本町と江津市は通学や通院で利用する人もいることから存続を求めており、今後協議が進められる見通しです。もしも協議が不調に終わって2027年3月末で廃止された場合、三江線の代わりの足がわずか9年で頓挫することになります。

 筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)は今回の記事を読んだ際、三江線が廃止される100日前の2017年12月21日に乗車した際、川本町観光協会の職員が乗客に呼びかけた胸熱のメッセージを思い出しました。そして、三江線が廃止された後への危機感が現実になってしまったことに肩を落としました。

 近年は千葉県のJR東日本久留里線の末端区間である久留里~上総亀山間や、福岡県の第三セクター鉄道、平成筑豊鉄道などで今後の廃止と路線バスへの転換の方針が決まりました。しかしながら、代替バスの運営まで行き詰まった三江線の事例は、深刻なバス運転手不足も相まって鉄道廃止が地域社会に及ぼす副作用を浮き彫りにしています。

鉄道時代は1日50人以上が乗った

 江津川本線は現在、1日に上下計9便が運行しています。ただ、日曜・祝日などは主に道の駅かわもと(川本町)~済生会病院・江津高校前の短縮運行になっており、石見川本~道の駅かわもと間は1本も走っていません。すなわち日曜・祝日などについては、既に三江線の代替交通の役割を果たせなくなっています。

 島根県によると、江津川本線は2023年10月~24年9月末の1年間で1日当たり輸送人数がわずか8.1人でした。石見交通はいすゞ自動車の中型バス「エルガミオ」を使っているものの、空席ばかりで空気を運んでいるのが実態です。

 三江線は廃止される前、2015年度の輸送密度が1日当たり58人、16年度は83人で、乗り納めをする利用者が押しかけた最終年度の17年度は163人でした。江津川本線は三江線のうち一部区間を引き継いだため単純比較はできませんが、利用者が低迷していた三江線時代と比べても減少に拍車がかかったのは間違いありません。

 マイカーでの移動が主流で、公共交通機関が存続するには厳しい背景はもともとあったものの、これほどまでに利用者離れが進んだのはなぜでしょうか。その一因が運賃の値上がりで、江津川本線の石見川本~江津駅間の運賃は大人1120円と、三江線時代の670円から約67%も値上がりました。

 また、本数が減ったことも逆風です。三江線の廃止時に石見川本~江津間は1日当たり上下計10本しかありませんでしたが、代替バスはさらに1本減りました。日曜・祝日は石見川本まで走る便はなく、約4km離れた道の駅かわもと発着のため、石見川本周辺の利便性は一段と低下しました。

 もう一つの要因は、ローカル線の乗車を目当てにした観光客が消えてしまったことの打撃です。現在の苦境を見るにつけ、筆者が改めて振り返ったのが三江線廃止100日前に乗った際の川本町を挙げてのおもてなしです。

「葬式乗車」で繰り広げられたおもてなし

 筆者は三江線の乗り納めのため、2017年12月21日に三次で石見川本行きのステンレス製ディーゼル車両、キハ120形に乗り込みました。

 10時2分に出発した2両編成の乗客は60人を超えており、座席が埋まって立っている人もいました。筆者も含めた乗客のほとんどは「葬式鉄」と呼ばれる乗り納めの旅行者で、ほぼ同じ顔ぶれのまま12時18分に石見川本へ到着しました。

 江津行きの列車の発車までは約1時間半ありましたが、記憶に刻まれたのが旅行者を温かく出迎える地元住民のもてなしでした。

乗客からは拍手喝采!?

 石見川本では川本町の観光協会職員が「ランチ難民」になる利用者が出ることを防ぐため、改札口で飲食店が記された地図を一人一人に配りました。駅前の建物1階に設けられた「三江線おもてなしサロン」ではスマートフォンを充電できるコンセントも用意。入り口には「三江線引退まであと100日」と記したボードをぶら下げた女の子のキャラクター「石見みえ」のパネルがあり、記念写真を撮ってくれました。

 おかげで江津行きの列車が発車する13時45分までのひとときながら、川本町での時間を快適に過ごすことができました。列車に乗り込んで発車を待っていると、川本町観光協会職員が乗り込んで乗客に語りかけました。その言葉が胸熱で、心にしみました。

 職員は三江線が廃止されてしまうことは「とても寂しい」と吐露しながらも、笑顔を浮かべて「皆さんが訪れてくださるのは大変励みになります。引退まであと1度でも、2度でも、そしてなくなった後もいらしてください」と再訪を呼びかけました。乗客からは大きな拍手がわき、職員は「ありがとうございました」と言うと下車してプラットホームから手を振って列車を見送ってくれました。

 ローカル鉄道が消えることは、通学客や高齢者を中心とする地元の足が奪われるだけではなく、観光客を呼び込む貴重な手段も失われることを意味します。川本町は強い危機感を抱き、三江線の「葬式鉄」に川本町での良い思い出を持ち帰ってもらい、再訪のきっかけをつくろうと必死に活動していました。

 しかしながら、川本町への輸送手段を引き継いだ代替バスの江津川本線は、観光客を呼び込む力では大きく見劣りしました。筆者も三江線が走り続けていたのであれば再び足を運びたかったものの、三江線の代替バスのダイヤでは訪れるハードルが高いため再訪できていないままです。

 地元住民の利用も振るわず、今や廃止のピンチを迎えている江津川本線。もしも通学や医療機関への通院、買い物などに資する交通手段を確保できなければ「陸の孤島」となり、ひいては人口流出を招きかねません。

 江津川本線が存亡の機を迎えている現状は、決して一地域の問題にとどまりません。それは人口減少やローカル鉄道の存続問題などに直面した、全国各地の共通課題として警鐘を鳴らしています。